157 / 230

第三十二章・3

「何だ、哲郎。私は今、忙しいんだ」  用件があるなら、お前が私のところへ来い、と不平をこぼしながら響也は診察室へ現れた。 「麻衣くんのことで……」 「麻衣!? 彼が、どうかしたのか!?」  全く、と哲郎は苦笑いだ。 「彼のこととなると、途端に態度が変わるなぁ」 「早く話せ。何か、あったのか!?」  いやいや、と哲郎はマグカップの冷めたコーヒーを一口飲んで、喉を潤した。 「単刀直入に言おう。響也。お前、麻衣くんに『愛してる』と伝えてあげたことはあるか?」 「えっ?」  それは、その……。  響也は、視線をさまよわせて記憶をたどった。  可愛い。  素敵だ。  美しい。  そんな賛辞は何度も口にしたが……。 「大好きだ、は、愛してる、に入らないか?」 「入らないよ、バカ」  いいか、と哲郎は手にしたペンで響也を差した。 「麻衣くんの心は、今とても不安定になってる」  3月から4月にかけてのこの時期は、『木の芽時』と呼ばれている。  木の芽が萌え出す季節だからだが、身体的・精神的に一番バランスを崩しやすいのだ。 「そんな時に、お前が彼をしっかりと支えてやらなきゃならないんだよ」 「そうか。そうだな」  響也は、うなずいた。  麻衣のこととなると、呆れるほど素直なのだ。
ロード中
ロード中

ともだちにシェアしよう!