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第三十二章・3

「何だ、哲郎。私は今、忙しいんだ」  用件があるなら、お前が私のところへ来い、と不平をこぼしながら響也は診察室へ現れた。 「麻衣くんのことで……」 「麻衣!? 彼が、どうかしたのか!?」  全く、と哲郎は苦笑いだ。 「彼のこととなると、途端に態度が変わるなぁ」 「早く話せ。何か、あったのか!?」  いやいや、と哲郎はマグカップの冷めたコーヒーを一口飲んで、喉を潤した。 「単刀直入に言おう。響也。お前、麻衣くんに『愛してる』と伝えてあげたことはあるか?」 「えっ?」  それは、その……。  響也は、視線をさまよわせて記憶をたどった。  可愛い。  素敵だ。  美しい。  そんな賛辞は何度も口にしたが……。 「大好きだ、は、愛してる、に入らないか?」 「入らないよ、バカ」  いいか、と哲郎は手にしたペンで響也を差した。 「麻衣くんの心は、今とても不安定になってる」  3月から4月にかけてのこの時期は、『木の芽時』と呼ばれている。  木の芽が萌え出す季節だからだが、身体的・精神的に一番バランスを崩しやすいのだ。 「そんな時に、お前が彼をしっかりと支えてやらなきゃならないんだよ」 「そうか。そうだな」  響也は、うなずいた。  麻衣のこととなると、呆れるほど素直なのだ。

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