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第三十二章・4
「愛してる、か……」
哲郎のアドバイスにうなずきながらも、響也は無機的につぶやいた。
耳慣れない、言い慣れない言葉だ。
両親に、言われたことも無い。
事業や社交界の付き合いに忙しく、幼い響也の傍にいないことが多かったせいもある。
学校で学んだ覚えも無い、この言葉。
「一体、どういうタイミングで。どんな風に言えばいいのか、解らないな」
「無理に言う必要は、無いよ。気分が高まった時でいい」
麻衣のことが愛おしくて、居ても立っても居られない。
そんな時に、大好きだよ、と言う代わりに、愛してるよ、と言えばいい。
哲郎は、そう教えた。
「愛おしくて、居ても立っても居られない……」
小声でそう呟いていた響也だが、突然に震えて目を見開いた。
「今! 今だ! 麻衣を想うと、胸がかきむしられる!」
会いたい。
今すぐに!
この腕で、抱きしめたい!
猛然と診察室を飛び出していく響也を見送り、哲郎は円くした目を元の通りに細くした。
「本当に。麻衣くんのこととなると、途端に態度が変わるなぁ」
いや、態度どころか、彼自身が劇的に変わったのだ。
響也は今、全身全霊で恋をしていた。
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