163 / 230

第三十三章・4

 静かな、だが長く温かなキス。  麻衣は、朦朧とした意識でそれを受け取った。 「響也、さん……」 「すまない。起こしてしまったんだな」 「ダメ、ですよ。風邪、うつっちゃいます……」  いたずらを咎めるように、麻衣は薄く笑った。  そんな彼が、響也には愛おしかった。  熱でふらふらなのに、私への心配が先に立つのか。  もう一度、今度は短いキスをした。 「14日になったよ。お誕生日、おめでとう」 「嬉しい、な。お祝いの、キス、だったんですね……」 「そうだ、お祝いだ。麻衣、生まれて来てくれて、ありがとう」  そして、その熱い頬に、手のひらを当てた。 「本当に、君の存在は。ああ、何と表現すればいいのか」  そうする間にも、麻衣の瞼は落ちてくる。  また、夢とうつつの境を旅しに、行ってしまう。  響也は、それを引き留めはしなかった。  睡眠は、回復のために大切な要素だ。  ただ、その間際にでも、言っておきたい言葉はあった。 「愛してる。愛してるよ、麻衣」  その小さな手を握り、心の底から訴えた。  麻衣の唇が、かすかに動いたような気がした。  聞こえたのか。  響也の言葉は、届いたのか。  解らない。  解らないが、麻衣の寝顔は穏やかだった。  微笑みながら、眠りに落ちたようだった。
ロード中
コメント

ともだちにシェアしよう!