168 / 230

第三十四章・4

 感動の涙を浮かべる麻衣を見て、響也はそっとうなずいていた。  良かった。  麻衣と一緒に、この桜を見ることができて、本当に良かった。 (以前は、誰かと共に訪れるなど、考えもしなかったが)  おそらくは、老いて仕事の第一線から退いて。  そして時間に余裕ができてから、一人で巡るはずだった。 「麻衣」 「あ、はい」  慌てて涙をぬぐう麻衣が、可愛い。 「いいよ、そのままで」  響也は、そっと麻衣を抱き寄せた。 「響也さん、他の人たちが見てます」 「いいさ、見られても」  遥かな時を生きる桜の代わりに、刹那を生き抜く麻衣を抱きしめた。  それは、とても尊いものに感じられた。  許されるなら。  この命が果てるまで、麻衣と共に生きたい。  そんな想いが湧き上がるのを、止めることができなかった。

ともだちにシェアしよう!