189 / 230

第三十八章・5

 ホテルを引き払う前に、麻衣は手紙をしたためた。  厨房にお邪魔して、ガラスの空き瓶をもらい、その中に手紙を入れて封をした。  自家用クルーザーに先に乗り込んでいた響也は、おや、と麻衣の手を見た。  荷物の他に、小さなものを持っている。  それは、ガラスの瓶だった。 「麻衣も、メッセージボトルを作ったのか?」 「はい。航行中に、海へ投げます」  小瓶を手に、麻衣は何だか嬉しそうだ。 「何て、書いたんだ?」 「そ、それは。恥ずかしいから、秘密です!」  彼は、響也への恋心を手紙に記していた。  ラブレターのようなものだ。  これを拾った、あなたへ。  僕は今、恋をしています。  ある時は、夏の太陽のように胸を焦がし、  ある時は、春の陽だまりのように温かです……。  一枚には収まり切れず、紙を二枚も使って、愛を書き綴った。  そして、波を蹴って軽快に走るクルーザーから、麻衣は小瓶を投げた。  ところが、その隣にいた響也もまた、腕を振って何かを海に投げ入れたのだ。 「あれっ? もしや、響也さんも?」 「麻衣と同じく、メッセージボトルを作っていたのさ」 「何て、書いたんですか!?」 「恥ずかしいから、教えないよ!」  響也もまた、麻衣への想いを海へと託していた。  美しい波間に二つのガラス瓶が、仲良く寄り添い漂っていった。
ロード中
コメント

ともだちにシェアしよう!