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第四十四章・2

「実は、この目前に迫った危機を、回避する方法がある」 「えっ?」 「麻衣くんは今、妊娠している。そういうことに、でっちあげるんだ」 「つまり、嘘をつくんですか?」  そうだ、と哲郎は顔を上げた。 「検査結果のデータは、俺が改ざんする。陽性反応が出た、ということにする」  とにかく今日を何とかしのいで、後日本当に赤ちゃんができれば、良し。  できなければ……。 「残念ながら流産した、と報告するんだ。そうすれば、猶予ができる」  どうだ? と哲郎は表情で響也に訊いた。  我ながら、巧い考えだ。  これなら、響也も納得してくれるはず……。  だがしかし。 「ありがとう、哲郎。しかし、その名案は気持ちだけ、いただいておくよ」 「響也?」  私も、それはいい考えだと思う。  響也は落ち着いた口調で、そう言った。 「だが嘘をつけば、その嘘を守るために、新しい嘘が生まれる。それに……」 「それに?」 「麻衣に、嘘で辛い思いをさせたくないんだ」  あっ、と哲郎は手で口を覆った。  確かに、この嘘で一番傷つくのは、麻衣だ。  お腹に子どもはいないのに、妊娠しているふりをする。  これは、当人が最も辛いことだった。

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