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「お待たせしました」
四時近くなってきてバイトの終わりが見えてきた俺はピークを超えてだいぶ余裕を持っていた。
だが、カップとティーポットをテーブルにセットして頭を下げると、パッと腕を掴まれて俺は動きを止める。
「きみがルイ?」
「……え?」
こっちを見上げてくるメガネの奥の薄い茶色い瞳。
綺麗に撫でつけられた黒髪とスタイリッシュなスーツを着ていてもわかる鍛え上げられた体。
どう見たって三十代後半の大人の男。
見覚えのない男に名前を呼ばれて戸惑いを隠せずにいると、男は手を離して軽く笑った。
「ごめん、ごめん!そんな警戒すんなって!」
ポンと腰を叩かれて反応に困る。
「怪しいモンじゃないよ?」
胸元から名刺入れを出した男は微笑んでその中の一枚を俺に差し出した。
“代表取締役”なんて身分の知り合いは居ないし、“祠堂 祐太朗 ”も聞いたことのない名前だ。
「えっと……」
もらったところで意味がわからなくて曖昧にしか笑えない。
「祠堂さん、やめなって」
そんな俺を助けてくれたのは佐倉さんだった。
「本当、仕込んでやれないのが惜しいな」
佐倉さんを見上げてその祠堂さんが笑うと、佐倉さんは呆れたようにため息を吐く。
「咲にチクってやろうか?腰も尻もぶっ壊れるよ?」
「あいつさぁ……やっぱ若いし肉体派だよなぁ。あ、歳はお前と一緒だけどな!ズンッてくる勢いヤベぇぞ」
声のボリュームを絞ってはいるもののとんでもない言葉に耳を疑った。
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