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第3話

 生ごみの臭いと化粧品や香水の臭い、それから饐えた体臭が部屋に充満していて、店で見かけるきらびやかさとは正反対の部屋に驚きながら侵入すると、暗がりの奥がもそもそと動いてやせこけた小さな子供が体を起こした。  部屋は、風が凌げているだけで火の気はまったくなく外気と温度差はなかった。  そんな部屋の中、クリスマスだと言うのに半袖一枚だけを身につけたその子供は……  洗濯物を干し終わり、コーヒーを淹れてソファーに座る。 「下ごしらえの前にちょっと休憩だ」  そう独り言をつぶやきながら口をつけたコーヒーは……うん、味がちゃんとする。  朝食に並んだフルの淹れたコーヒーの薄さを思い出して、顔をしかめながらもう一口すすった。  フルは、食事が作れない。  どんなに傍で付き添いながらやっても、まともな物を作れた試しがなかった。  計量カップを使ったとしても、計量スプーンを使ったとしても、フルは美味しい食事を作れない。  しかもそれがピンと来ていない。  そして笑顔も……  本人は懸命に笑おうとしているようだが、困り眉のままこちらを見る顔に表情は浮かんではいない。  それらのことは…… 「トラウマにもなるわな」  ずず……とコーヒーを啜る。  自分を庇護する親もおらず、腐ったもの以外存在しないあの部屋でフルは自分が忍び込むまでどうやって命を繋いでいたのか……  今の味に頓着がないと言うか、食い物の味が良くわかっていないところを鑑みるに、幼い子供の心に傷をつけるには十分な環境だったのだろう。  ガリガリに瘦せこけて、なんの感情も持たないようにしないとあの空間では生きて行けなかったのだと、思う。  紆余曲折やら伝手やら土下座やら殴られたりやらしてその子供を引き取って、なんとかまともな生活をさせてやらにゃぁと奮起して今まで来たが…… 「随分と立派になったもんだ」  幼い時の栄養失調のせいなのか、それとも遺伝なのかは知らないがフルはいつまで経っても小さなままで、今でも中学生に間違われることもあるほど小さく頼りなく見える。  けれど、今朝駅へと駆けていく姿はあの寒い部屋で見た姿とは真逆の溌溂としたもので…… 「へへ、うまく育ててんじゃねぇかな」  犯罪に手を出すようなハンパ者にしちゃ、しっかり育てていると自画自賛できる。  とは言え、俺があいつにしてやれることなんざ、飯を食わして学校に送り出してやるくらいで…… 「父親、だしな」  自分に言い聞かせるように口の中で呟いた。  俺は、フルの父親だ。  繰り返し言い聞かせてきた言葉だ。

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