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ここの砂浜は、海水浴が禁止されているから人がいない。もちろん花火とかバーベキューだってできない。 環はサンダルを脱いで、長いスカートをたくしあげながら、波打ち際を行ったり来たりしている。 俺は写真を撮るのに満足したら、水をばしゃばしゃかけてやった。環は笑って逃げて、これは誰から見たって恋人同士だな、と思った。美男美女の。自分で言う。 ひとしきり遊んだ後はドライブスルーでハンバーガーを買って食べた。 どこかの店に入って食べたいけど、俺たちにとっては結構ハードルが高い。周りから変な目で見られる…なんてことはきっとないんだろうけど、なんていうか気を張ってしまうから、ゆっくりできない。でもいつか行けたらいいな。 環はハンバーガーを大きな口で頬張って幸せそうに笑う。こういうところを見てたら、幸せにしてやりたい、って気持ちになる。 「環、好きな人いないの?」 「えー?んー…別に出会いもないしなあ」 「あれは?外部顧問の」 「桂?」 「そうそう。あのガタイいい人…テニスしてる人ってあんながっしりしてるもんだっけ?」 「午前中はジムでトレーナーやってるんだって。で、休みの日もトレーニングするためにジム行くんだって。すごいよね」 「……へえ」 「桂、優しいしすごい穏やかだし、それにあの見た目でしょ?すごくモテるんだって!同僚の先生が言ってた」 「そうなんだ」 「でもわたしから見たら、お父さん!って感じかなあ……ほら、いわゆる理想的な…理想のパパって感じ」 環の父親は良いように言えば厳格、悪く言えば無関心で冷たい。 「ソノちゃんは?」 「ん?」 「好きな人」 「……俺も出会いないから」 俺の父親はカッとなりやすいタイプだから、理屈っぽくて可愛げのない俺は煙たがられてたし、同性しか好きになれないってことを打ち明けたが最後、決定的に嫌われてしまった。 『会わなくてもいいように』 そう言われて、小さなマンション一棟を譲られた。それとこのセダン。 『俺は見捨ててはいない。これで最低限生きていけるだろう?』 たしかにそうだった。別に散財しなければ暮らしていける。 こんな変な家庭に育ったから、自分が学生の頃はだいぶと保健室の先生にお世話になった。心が歪まずになんとかなったのは、先生のおかげだ。 だから、自分もどうせ勉強するならそういう分野に…と、免許を取得した。 だけど一年勤務したら、別に働かなくても暮らしていけるんじゃん、って思って辞めてしまった。 見捨てられてないんだ、俺は……いや、見捨てられてる、 とにかくこうして今また復職したのは、環に声を掛けられたから。 こういうわけで、別に誰と出会うこともなかった。そこまで社交的でもないし。 「でもさ、人生で一回だけでいいから、恋愛してみたいね!」 「そうだね」 ポテトを食べながら、暗くなっていく窓の外を見つめた。

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