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into u;11;苑
軽い朝食を作った。卵とハムのホットサンドとサラダ。コーヒーはやめて、オレンジジュースを出した。環の買い置きのパックジュース。
はさんで焼いて、洗ってちぎっただけなのに、ものすごい褒められた。
なんてことないものなのに、向かい合わせで座って一緒に食べたら、すごくおいしいもののように思えた。それからお皿を洗ってくれた。
「体調、どうですか?」
「もうすっかり元気です!ありがとうございます、ゆっくりさせてもらったから」
「先生が丈夫なだけです」
「あはは、そうかな」
優しい笑顔だな、
微笑み返すなんてことできなくて、今ものすごく変な表情になってるかもしれない…
「大沢先生」
………不意にそう呼ばれて、心臓がぎゅっとなった。大沢先生、だって
「もうすぐ出勤ですよね?僕もその時に一緒においとまします。あーー、ほんと楽しかったです……って言ったらなんか不謹慎だけど」
さっきよりもっと顔が強張ってる気がする。
首とか耳とか熱い。赤くなってると思う。
昨日「そのさん」って呼んでくれたのは?…俺がそうお願いしたからでしょ。
思い上がりも甚だしい
期待するとかばかじゃん
関野先生からしたら、俺なんて偶然勤務先にいる関係ない人間なんだし、親しくなる必要なんてないわけで、
「大沢先生?」
「…あと30分くらいで、うち出ます」
「あ、はい、了解です」
数時間前には、この人のことをたくさん知りたい、と思ってたのに、今は、これ以上何も知りたくなかった。知れば知るほど、落ち込んで傷つくのが目に見えるから
胸が痛むとはこのことか
家を出て、並んで歩き始める。
関野先生は気を利かせて色々と話をしてくれてるけど、頭に入らない。
「大沢先生?」
「…はい」
「だめですか?」
「なにがですか」
「えーーー、聞いてなかったんだ」
「すみません」
「いやいや!そんな深刻な話じゃないですよ、でも、僕はぜひお願いしたい」
「なにをですか?」
「連絡先教えて下さい」
「え、なんで?」
「お礼させてほしいから」
「なんの?」
「昨日今日の!」
「別に大丈夫ですよ、なんもしてないし」
「してもらってますから!気が済みませんよ、お返しさせてもらわないと」
「えー、いらないです」
感じ悪すぎるって分かってる。
でも傷つくのは嫌だ。
「……調子乗りすぎでしたよね、俺」
「え?」
「嬉しかったんです、そのさん……あー…大沢先生、」
関野先生の方を見た。
バツが悪そうに、苦笑いしている。
「…大沢先生と、こうやってお話できて、…本当に可愛らしいなあって…愛おしいってこういう気持ちかーって思ってます。でも、なんていうか一方的な押し付けみたいな感じもして…嫌な気分にさせてたかも、って、夜中、考え出したら眠れなくて」
「え?寝てましたよ昨日」
「……あー………起きてました、頭撫でてくれた時」
「……は?」
「めちゃくちゃ嬉しかった!目開けたかったけど、我慢しました!」
「………さいあく、」
「嬉しかった…やっぱり好きだー!って思いました。でも、怪我してお世話になって、その上に男にそんなこと言われて、そんなもん困るだろ…っていうか俺はそのさんとどうなりたいんだ?とか…いろいろ考え出したら止まらないし、ナーバスになるし…」
「結局どういうこと?」
体ごと関野先生の方に向いた。
ちょっと驚いた表情で、先生もこちらを向いた。
「僕は、そのさん……大沢先生ともっと親しくなりたい。もっとそばで、ずっと見てたい」
「なんの生産性もないですよね」
「毎日モチベーション上がります」
「…はい?」
「こんな可愛い人がそばにいたら、毎日幸せだし楽しいでしょう。最高以外にない」
「いや、男ですよ?そばにいて楽しいってだけで、どうにかなります?そういうの要らないタイプですか?」
「なにが?」
「性欲とか。もういい歳なんだから、付き合うってことはそういうことも込みでしょう」
関野先生は口元を手で覆った。それからあからさまに目が泳いだ。
「考えてなかったですね?」
「……」
「あーー、残念でしたねえ」
「…どうにかなりそうです、考えたら」
「あーあーそうですか」
「…それありきで始まることじゃないんですよ、俺にとったら、恋愛っていうのは」
「はあ」
「………だめですね、やっぱり」
関野先生は思いっきり鼻から息を吸って、それからため息をついた。
「困らせてしまって、ごめんなさい」
「連絡先」
スマホを取り出して、画面を立ち上げて差し出した。
「え、え?」
「さっさと読み取って下さい」
「えーー!嬉しい、ありがとうございます!」
どうしてこんなに、感情を掻き回されなきゃいけないんだ、
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