14 / 120
into u;14;桂
まだあざは残ってるものの、もう生活はすっかり通常通りになった。
…と同時に夏休みになって、部活は朝から夕方まで…試合や大会もある。多忙!
午前中のトレーナーの仕事は少しセーブして、環にもかなり協力してもらいつつスケジュールを組んでいる。
お盆休みの前、最後の練習日は差し入れにアイスを買ってきて、みんなで食べた。
環も一緒にいることで、俺1人で指導してるときよりも生徒たちがいきいきして見える。まあな、癒される感じあるからな。
生徒たちが帰った後、環と休み明けのスケジュールの確認をして帰ろうと、控え室で支度をしてから職員室に向かった。
職員室の環のデスクに向かおう…と思ったら、
「関野!」
竹井がスマホ片手にやってくる。
「あざ治ってんだから連絡しなさいよ!」
「忙しいんだもん」
「だもん、じゃないから。ゆきちゃん待ってますけど」
「いやいや…」
「もうお断りするならするで、自分でゆきちゃんに言ってくんない?」
「…うーん……」
「お盆明け、一回来い」
「…分かったよ……」
「言ったな!言ったからな!!」
「竹井、うるさいんだけど」
環がこっちを睨んでる…!
「だって関野が悪いんだよ?ゆきちゃんって可愛い子がさあ、関野とぜひ付き合いたいっつってんのに、こいつのらりくらりと飲み会すっぽかして」
「え、」
「ん?」
「桂、彼女できる予定なの?」
眉間にシワをよせながら、環が聞いてくる。
「いや、」
「そうだよ。もう次会ったら普通に付き合ってるって」
「何を勝手に言ってんの…」
「……ふーん」
……環の様子がおかしい。
とりあえず竹井の飲み会は今度一回行くということにして、環と校門を出た。
いつもはにこにこ話しながら隣で歩くのに、今日は神妙な顔をして、足取りも重い。
「環、どうしたの」
「別になにもない」
「そう?」
…なにもないようには思えないんだよな…
ものすごい考え事してるように見えるというか…
「引っかかってることあったら、ほんと言ってよ?」
環は立ち止まった。
「スケジュール、厳しすぎた?」
「…それは平気」
「仕事に差し支えるなら調整し直すから、」
「違うよ。全然困ってない。むしろ助かってる」
「そう?」
「うん」
「………じゃあ、どうしよう…」
目も合わないし、険しい顔をしたままだし…
「桂は、嘘なんかつかないって思ってた」
「え?嘘?」
「…ごめん、この話終わり」
「いやいやいや!気になるよ。ちゃんとこういうのはすっきりさせてかないと。俺、環とぎすぎすしたくない」
肩に手を置いた。細い肩がいつもより心許なく感じる。
「環が嫌じゃなければ、うちに来ない?そしたら話しやすいかな」
「急にお邪魔して、平気なの?」
「そんなきれいでもないけどね」
環はちょっとため息をついた。
一緒に電車に乗って家に向かう間は、何も話すことができなかった。環が唇を噛んだり浮かない顔で外を見るのが、電車の窓に映っていた。
「どうぞ、入って」
「…おじゃまします」
「あれだね、環が嫌じゃなければ、なんかご飯頼もうか?何食べたい?」
「ねえ桂」
少し大きな声で呼ぶもんだから、びっくりして顔を上げた。
「なに?」
「……ソノちゃんと仲良いから、色々聞いて知ってる」
「…あー……あはは、恥ずかしいねなんか…」
「好きだって言ったのは嘘だったの?」
「本当に色々知ってるんだな…!嘘なわけないじゃん!ほんとだよ。本当に、…だいぶ好きだーって思ってたよ。もっと一緒に過ごしたいし、そのさんの事を知りたいなあって、」
失恋気分が再浮上して、思わず盛大なため息が出た。
「…あー……でもさあ、見ちゃったんだよねえ、女の人とおしゃれな飲み屋さんに入るところ!」
「え?」
「環も知らなかった?そのさん、彼女いるんだーーー!!って思ってさあ…」
「なんで彼女だって思うの?」
「こう…なんていうの?スッと腰に手を回してさ、エスコートするみたいな…そんな感じだったんだよ。…だし、そもそも俺男だから、いくら好きって言ったって困らせるだけじゃん。彼女いないなら俺と付き合いましょうよってのも変な話だしね、よく考えたら…よく考えなくても」
……変な間ができた。環、引いてるかな…
「環も困っちゃうよね。引いちゃったんじゃない?本当にごめん。よし、もうこの話はこれで!なんかほら、食べよう!なに頼む?」
環は俯いて動かない。顔を覗き込むと、下唇を噛んで、神妙な顔をしている。
「桂に隠してたことがある」
「ん?なにを?」
「桂になら話せる気がするから聞いて欲しい」
「なんでも聞くよ」
「もし聞いてて気持ち悪ければ話を止めてくれていいし、一緒に顧問するのも嫌になったら、」
「そんなのなるわけないでしょ!なんでよ」
「……心と体がちぐはぐなんだよね」
目が合った。
「男の体をしてるけど、中身は…気持ちは完全に、自分は女だって、思うの」
環の大きな目はみるみる潤んだ。唇を舐める。
「このことを知ってるのは、ソノちゃんだけなんだ。だからいつも休みの日はソノちゃんちに行って、自分の思う本当の自分になって過ごしてる。…多分、桂が見たのは、」
「………環?」
「そうだと思う。いつもはね、外食なんてしないの、不安で。だけどあの日は違った。ちょっとくらい大丈夫かもしれないね、って話になって…どんな服着てた?ソノちゃんの隣の人」
必死で思い出してみる…
「白い服…腕が出てた…黒髪のショートカットで、華奢な感じで…」
環を見た。
「環だったのか、」
「…引いた?」
「……遠目にだけど…めちゃくちゃ綺麗な雰囲気の女性だなって思ったんだよね…そのさんと揃って美男美女で」
目の前の環は、髪を上げるようにセットしている。白いシャツ、キャメルのベスト、チャコールグレーのスラックス…
大体いつもこんな感じの格好をしてる。
あの日に見た女性が環だったっていうのは、微妙に信じ難いところもあった。……胸もあるように見えたし…要は女性にしか見えなかった。
今もかわいらしいなとは思うけど…
「……嫌になった?」
「なにが?」
「わ…わたしのこと、」
わたし、と言うのにも苦しそうに見えた。
そんな状況は嫌だった。環にはいつも笑っていて欲しいと思う。そう思わせる屈託ない明るさが環にはある。
…その明るさの裏でこんな思いをしてたってことか、
「嫌じゃない。俺は環のことを信頼してるし、好きだよ。同僚としても好きだし、友達としても好き。こうして話してくれる前からそうだし、今だって変わらない」
「む、無理しないで、受け入れられなくても、それは覚悟の上だし、」
「受け入れるもなにも、俺は今本当の環を知った、それだけだよ。知れて嬉しい。これからは俺の前でも楽でいて欲しい。そう思うよ」
「…桂、」
大きな目から、今にも涙が溢れ出しそうだった。思わず、真正面から抱きしめた。
背中をさする。
「泣かないで〜!大丈夫だよ、大丈夫!」
環はひとしきり泣いて、嗚咽で少し体を震わせた。
「…待って、こういうの嫌だった…?」
「…こういうの…?」
「その、…思わずハグしちゃったけど、……し、下心はないよ!かわいいって思ってるけど、ほら、その、なんだ、」
急に抱きしめられたら嫌悪感あるよな…そこに意識がいかなかった。反省しなくては…
「…ふふ、全然大丈夫だよ!桂は、理想のパパみたいだなって思ってたんだ」
「パパ!?なんでよ!年そんな変わんないじゃん!!」
「だって優しいし、包容力あるし、かっこいいし、頼りになるでしょ?指導してるときも、びしっと厳しいときもあれば、みんなで打ち解けて楽しい時間もあって……いいなあって思うんだもん」
「めちゃくちゃ嬉しいけど、お父さんじゃなくてよくない?」
「えー、パパって感じなんだけど。お嫁に行かないでーって泣いちゃうような。ドラマとか漫画でよくある」
「じゃあ環がお嫁に行くときは、バージンロードで泣いて抱き留めるから覚悟しといて」
「えー?」
環は目を擦って笑った。
よかった、
本当にホッとした。
「あ!だからソノちゃんは誰とも付き合ってません」
「あ、あー!そうか、」
「ソノちゃん、だいぶ好きだと思うなあ、桂のこと」
「本当に!?え、大丈夫なのかね、その、男から好かれるとか」
「……それはソノちゃんに直接聞いてみて!」
「大丈夫じゃないよなあ」
「今聞く?」
「それはちょっと心の準備が」
「そう?」
「とりあえずご飯食べようよ。何食べる?注文しよう。あ、あと、もし良かったらさ、ほんと、環の楽な格好でいてくれていいから。……まあ、俺の家だから貸せる服もスウェットくらいしかないけど…」
「…借りてみたいかも」
環は目を輝かせた。なんで?
ともだちにシェアしよう!