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into u;14;桂

まだあざは残ってるものの、もう生活はすっかり通常通りになった。 …と同時に夏休みになって、部活は朝から夕方まで…試合や大会もある。多忙! 午前中のトレーナーの仕事は少しセーブして、環にもかなり協力してもらいつつスケジュールを組んでいる。 お盆休みの前、最後の練習日は差し入れにアイスを買ってきて、みんなで食べた。 環も一緒にいることで、俺1人で指導してるときよりも生徒たちがいきいきして見える。まあな、癒される感じあるからな。 生徒たちが帰った後、環と休み明けのスケジュールの確認をして帰ろうと、控え室で支度をしてから職員室に向かった。 職員室の環のデスクに向かおう…と思ったら、 「関野!」 竹井がスマホ片手にやってくる。 「あざ治ってんだから連絡しなさいよ!」 「忙しいんだもん」 「だもん、じゃないから。ゆきちゃん待ってますけど」 「いやいや…」 「もうお断りするならするで、自分でゆきちゃんに言ってくんない?」 「…うーん……」 「お盆明け、一回来い」 「…分かったよ……」 「言ったな!言ったからな!!」 「竹井、うるさいんだけど」 環がこっちを睨んでる…! 「だって関野が悪いんだよ?ゆきちゃんって可愛い子がさあ、関野とぜひ付き合いたいっつってんのに、こいつのらりくらりと飲み会すっぽかして」 「え、」 「ん?」 「桂、彼女できる予定なの?」 眉間にシワをよせながら、環が聞いてくる。 「いや、」 「そうだよ。もう次会ったら普通に付き合ってるって」 「何を勝手に言ってんの…」 「……ふーん」 ……環の様子がおかしい。 とりあえず竹井の飲み会は今度一回行くということにして、環と校門を出た。 いつもはにこにこ話しながら隣で歩くのに、今日は神妙な顔をして、足取りも重い。 「環、どうしたの」 「別になにもない」 「そう?」 …なにもないようには思えないんだよな… ものすごい考え事してるように見えるというか… 「引っかかってることあったら、ほんと言ってよ?」 環は立ち止まった。 「スケジュール、厳しすぎた?」 「…それは平気」 「仕事に差し支えるなら調整し直すから、」 「違うよ。全然困ってない。むしろ助かってる」 「そう?」 「うん」 「………じゃあ、どうしよう…」 目も合わないし、険しい顔をしたままだし… 「桂は、嘘なんかつかないって思ってた」 「え?嘘?」 「…ごめん、この話終わり」 「いやいやいや!気になるよ。ちゃんとこういうのはすっきりさせてかないと。俺、環とぎすぎすしたくない」 肩に手を置いた。細い肩がいつもより心許なく感じる。 「環が嫌じゃなければ、うちに来ない?そしたら話しやすいかな」 「急にお邪魔して、平気なの?」 「そんなきれいでもないけどね」 環はちょっとため息をついた。 一緒に電車に乗って家に向かう間は、何も話すことができなかった。環が唇を噛んだり浮かない顔で外を見るのが、電車の窓に映っていた。 「どうぞ、入って」 「…おじゃまします」 「あれだね、環が嫌じゃなければ、なんかご飯頼もうか?何食べたい?」 「ねえ桂」 少し大きな声で呼ぶもんだから、びっくりして顔を上げた。 「なに?」 「……ソノちゃんと仲良いから、色々聞いて知ってる」 「…あー……あはは、恥ずかしいねなんか…」 「好きだって言ったのは嘘だったの?」 「本当に色々知ってるんだな…!嘘なわけないじゃん!ほんとだよ。本当に、…だいぶ好きだーって思ってたよ。もっと一緒に過ごしたいし、そのさんの事を知りたいなあって、」 失恋気分が再浮上して、思わず盛大なため息が出た。 「…あー……でもさあ、見ちゃったんだよねえ、女の人とおしゃれな飲み屋さんに入るところ!」 「え?」 「環も知らなかった?そのさん、彼女いるんだーーー!!って思ってさあ…」 「なんで彼女だって思うの?」 「こう…なんていうの?スッと腰に手を回してさ、エスコートするみたいな…そんな感じだったんだよ。…だし、そもそも俺男だから、いくら好きって言ったって困らせるだけじゃん。彼女いないなら俺と付き合いましょうよってのも変な話だしね、よく考えたら…よく考えなくても」 ……変な間ができた。環、引いてるかな… 「環も困っちゃうよね。引いちゃったんじゃない?本当にごめん。よし、もうこの話はこれで!なんかほら、食べよう!なに頼む?」 環は俯いて動かない。顔を覗き込むと、下唇を噛んで、神妙な顔をしている。 「桂に隠してたことがある」 「ん?なにを?」 「桂になら話せる気がするから聞いて欲しい」 「なんでも聞くよ」 「もし聞いてて気持ち悪ければ話を止めてくれていいし、一緒に顧問するのも嫌になったら、」 「そんなのなるわけないでしょ!なんでよ」 「……心と体がちぐはぐなんだよね」 目が合った。 「男の体をしてるけど、中身は…気持ちは完全に、自分は女だって、思うの」 環の大きな目はみるみる潤んだ。唇を舐める。 「このことを知ってるのは、ソノちゃんだけなんだ。だからいつも休みの日はソノちゃんちに行って、自分の思う本当の自分になって過ごしてる。…多分、桂が見たのは、」 「………環?」 「そうだと思う。いつもはね、外食なんてしないの、不安で。だけどあの日は違った。ちょっとくらい大丈夫かもしれないね、って話になって…どんな服着てた?ソノちゃんの隣の人」 必死で思い出してみる… 「白い服…腕が出てた…黒髪のショートカットで、華奢な感じで…」 環を見た。 「環だったのか、」 「…引いた?」 「……遠目にだけど…めちゃくちゃ綺麗な雰囲気の女性だなって思ったんだよね…そのさんと揃って美男美女で」 目の前の環は、髪を上げるようにセットしている。白いシャツ、キャメルのベスト、チャコールグレーのスラックス… 大体いつもこんな感じの格好をしてる。 あの日に見た女性が環だったっていうのは、微妙に信じ難いところもあった。……胸もあるように見えたし…要は女性にしか見えなかった。 今もかわいらしいなとは思うけど… 「……嫌になった?」 「なにが?」 「わ…わたしのこと、」 わたし、と言うのにも苦しそうに見えた。 そんな状況は嫌だった。環にはいつも笑っていて欲しいと思う。そう思わせる屈託ない明るさが環にはある。 …その明るさの裏でこんな思いをしてたってことか、 「嫌じゃない。俺は環のことを信頼してるし、好きだよ。同僚としても好きだし、友達としても好き。こうして話してくれる前からそうだし、今だって変わらない」 「む、無理しないで、受け入れられなくても、それは覚悟の上だし、」 「受け入れるもなにも、俺は今本当の環を知った、それだけだよ。知れて嬉しい。これからは俺の前でも楽でいて欲しい。そう思うよ」 「…桂、」 大きな目から、今にも涙が溢れ出しそうだった。思わず、真正面から抱きしめた。 背中をさする。 「泣かないで〜!大丈夫だよ、大丈夫!」 環はひとしきり泣いて、嗚咽で少し体を震わせた。 「…待って、こういうの嫌だった…?」 「…こういうの…?」 「その、…思わずハグしちゃったけど、……し、下心はないよ!かわいいって思ってるけど、ほら、その、なんだ、」 急に抱きしめられたら嫌悪感あるよな…そこに意識がいかなかった。反省しなくては… 「…ふふ、全然大丈夫だよ!桂は、理想のパパみたいだなって思ってたんだ」 「パパ!?なんでよ!年そんな変わんないじゃん!!」 「だって優しいし、包容力あるし、かっこいいし、頼りになるでしょ?指導してるときも、びしっと厳しいときもあれば、みんなで打ち解けて楽しい時間もあって……いいなあって思うんだもん」 「めちゃくちゃ嬉しいけど、お父さんじゃなくてよくない?」 「えー、パパって感じなんだけど。お嫁に行かないでーって泣いちゃうような。ドラマとか漫画でよくある」 「じゃあ環がお嫁に行くときは、バージンロードで泣いて抱き留めるから覚悟しといて」 「えー?」 環は目を擦って笑った。 よかった、 本当にホッとした。 「あ!だからソノちゃんは誰とも付き合ってません」 「あ、あー!そうか、」 「ソノちゃん、だいぶ好きだと思うなあ、桂のこと」 「本当に!?え、大丈夫なのかね、その、男から好かれるとか」 「……それはソノちゃんに直接聞いてみて!」 「大丈夫じゃないよなあ」 「今聞く?」 「それはちょっと心の準備が」 「そう?」 「とりあえずご飯食べようよ。何食べる?注文しよう。あ、あと、もし良かったらさ、ほんと、環の楽な格好でいてくれていいから。……まあ、俺の家だから貸せる服もスウェットくらいしかないけど…」 「…借りてみたいかも」 環は目を輝かせた。なんで?

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