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into u;19;桂
完全にリビングに取り残された。
どうしたもんかな…
渡辺君、という生徒のことを、俺は全然知らない。彼も俺を知らないと思う。
「……テニス部の顧問の先生ですよね?」
「なんで知ってんの!?」
「部活紹介のプリントに書いてたんで。えーっと、名前は…」
「せき…」
「言わないで!!!」
めちゃくちゃデカい声で止められて、体が跳ね上がった。
「思い出したいんで待って下さい」
「はあ…」
彼はピンクのふわふわクッションを掴んで抱きしめた。それからすごい眉間に皺を寄せた。
ときおり、もにょもにょと唇が動く。
「かつら……あ、関野桂だ!」
「正解!えー、よく覚えてたね。だって、春でしょ?プリント見たの」
「ですねー、1年の春かな」
「今何年生?」
「3年」
「……いや凄すぎるだろ…すごい記憶力…」
「ありがとうございます。でも、名前が印象的だったから余計に覚えてたのかもしれないです」
「あー、」
「かつら、って、イジられたりしませんでしたか?」
彼の隣に座った。
「イジられたよ、だいぶ。かつらって響き、小さな子にはほっとけないもん」
「俺も名前でだいぶそうでした」
「なんで言うの?」
「わたなべみやこ」
「こ、って付くから?」
「ですね。女じゃんお前ーみたいな」
「辛かったね」
「女とか男とか、正直なんでも良いと思ってるんです。生物学的にできることできないことあるけど、女じゃんとか男じゃんとか、言われること自体が面倒くさい」
「…なるほど」
「桂先生も、そういうのかなりありそうですね。男らしいとか」
「まあね」
「でも、桂先生を見て思う「男らしい」はかなりいい感じです」
「なんかありがとう」
「こういうこと考え出したら、頭ごちゃごちゃになる」
「分かる。俺は男らしいとか言われるのは別に構わないんだけど、男だから・女だから、みたいなのはしんどいなって思うもん」
「確かに」
「都くんは」
「あ、「くん」要りません」
「そう?じゃあそうしよう」
改めて都を見ると、それはもう眩しい!なんか少女漫画に出てくる男の子みたいな感じがする!ハンサム!
「都はなんか部活入ってるの?」
「一応美術部なんですけど、行ってません。部室行っても全然絵描けないから」
「なんで?」
「話しかけられたりするから」
「ああー……まあそうだよな、ほっとかない感じするね、女子たちが」
「だから行かない。夏休みになってからは、保健室通って絵描いてます」
「そうなんだ。だから大沢先生と仲良いのか」
「ソノは、なんとなく同じにおいがするから好きです」
「ほう…」
「桂先生は、一緒にいるとなぜか抱きしめてもらいたい気分になりますね」
「なにそれ」
「でっかいぬいぐるみあるじゃないですか、クマとかサメとか」
「あー、あるね」
「あんな感じ?」
「ぬいぐるみは抱きしめてくれないじゃん」
「だからいいんですって!桂先生は抱きしめてくれるでしょ、お願いしたら」
「まあ、やれないことはないけど」
「じゃあお願いします」
「なんで!?」
腕広げて待ってるもんだから仕方ない…
俺も腕を広げた。そしたら、胸元にドスッと飛び込んでくる。
「ぎゅーっとしてみて下さい」
「ええ…」
腕を叩かれたから、とりあえず言われた通りに都を抱きしめた。
「うおお、すげえ」
「なんだよ」
「きもちいい」
胸元に頬を擦り寄せながら目を細めている。
なんじゃこれ…
「今、筋肉ある人が好き、って人の気持ちがちょっと分かった気がする」
細い背中をぽんぽんして、目の前にある華やかな髪を見た。脱色してるだろうにサラッサラなのは、若いからなんだろうか?
腕を背中から離した。すると都も離れていった。
「またお願いします」
「じゃあテニス部で待ってます」
都はにっこり笑った。
それにしても、環とそのさんはなかなか寝室から戻ってこない。
「大丈夫かね、あの2人は」
「とりあえず絵描いて待ってよう。桂先生、デッサンさせて下さい」
「え、どうしてたらいいの?」
「服脱ぎますか」
「やだよ」
「筋肉ある人って脱ぎたがると思ってるんですけど、それって偏見?」
「偏見じゃない?俺は脱ぎたくないもん、人前で」
「そうか。でも、デッサンにもってこいなのにな…」
「ま、心の準備ができたときにはモデルになってもいいよ」
「今は顔描きます」
「それはそれでドキドキすんね…」
都はすぐに集中して、何にも話をしなくなった。
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