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anxiety Xmas;54;苑
桂に作ってもらったトレーニングのメニューを全部やり終えた。疲れた。汗が流れる。
結局、桂は来てくれたもののお客さんに話しかけられていて、特に一緒になにかするわけでもなかった。
桂が話しかけられることは多い。初めのうちはだいぶ嫉妬しそうになっていたけど、今となっては慣れた。
家では甘やかされてるんだからな!って安心感?優越感?があるからなのか…逆に、もし桂が俺じゃない誰かを好きになったとしても、それはそれで受け入れるしかないんだな、というある意味悟り?桂が好きだからこそ、桂が幸せでいられたらいいなと思っていて、そこに俺が必要ないなら、潔く出ていくんだ…みたいな気持ちも、常に片隅に持っている。
汗をタオルで拭きながら、桂の方に目をやった。
今は若い女の子2人と話している。多分パーソナルトレーニングの顧客ってわけでなく、ジムの一般会員なんだろうけど…目配せをしようにも、話に集中しているからできない。
とりあえずロッカーに向かった。
シャワーで汗を流してから、着替え終わってスマホを確認する。特に連絡はない。家に来てよと言ってたけど、どうなるかな。勝手に先に行くのもおかしな話だし。
フロントまで行って、カードキーを返した。さっきの彼女が対応してくれた。
「あれ、関野まだいませんでした?トレーニングフロアに」
「いると思います」
「先帰っちゃうなんて珍しいですね…喧嘩…?」
思わず笑ってしまった。
「そんな笑わなくてもいいじゃないですか!」
「はは、すみません。喧嘩かー。そうじゃないけど、ほら、忙しそうだったからとりあえず先に出ちゃいました」
「呼び出しましょ」
「いやいや、いいよそんな!」
「いや、関野が泣いちゃいます。大沢さんに先帰られたら」
彼女はそう言って、胸元についている小さなマイクに「関野フロントまでお願いします」と呟いた。
「よし、多分もうすぐ来ます。あ、そうそう、ネイルの話さっきしたじゃないですか」
「ああ」
「もし良かったら、サロン紹介しましょうか?彼女さんにぜひ。男性もケアしてくれるみたいです」
「男性も!そうなんだ」
でも、環を男性としてサロンに連れて行くのは気が引ける。
「やってあげたいな、って」
「え!!彼女さんにですか?ネイル?大沢さんが?」
「そうそうそう…」
「えーーーロマンチックすぎません!?彼女の手持って塗ってあげるの!?」
「あー…まあ、…そうなるか、俺が塗るとしたら」
「やばいんですけど!!ちょっとちょっと!」
彼女はフロントにいる他の女の子にも今の話をして、なんかひと盛り上がりしてしまっている。
「わー、サロンは必要ないですね!想像しただけでギュンッてなる」
「ぎゅん…?」
「大沢さんの彼女さんが羨ましすぎる」
「ほんとほんと!いいなー、私もそういう優しい彼氏がよかった」
「なんで過去形なんですか」
「今の彼氏、そういうロマンチックな感じ全然ないんですよほんと。エスコートしろとまでは言わないけど、ちょっとした優しさはほしいじゃないですか?自分が飲むついでにコーヒー淹れてくれるとか、デートで歩き疲れたら休憩しようって言ってくれるとか」
「ないんだ」
「ないの」
もはやタメ口になってきてるのが心地良かった。こういう話聞くのっておもしろい。
「そのさん!」
声の方に目をやると、桂がこっちに来るのが見えた。まだ仕事用のウェアだ。
「なんで先行くの!あとなに話してんの!」
「うわー、関野はだめだな」
受付嬢2人は、桂を見てすごい顔をした。
「重そう。彼女のスケジュール全部把握してないとだめ的な」
「分かるー。あと男友達とちょっと話しただけですごい怒りそう」
「なんだよ!!」
「やっぱり大沢さんみたいな人がいいなー、彼氏にするなら」
「なにを勝手に」
「だってさあ、大沢さんは彼女の爪塗ってあげるんだもんねー」
目配せされたから、うんうん頷いた。
「彼女………」
桂はものすごい神妙な顔をして固まっている。
「着替えてきなよ。待ってるから」
「…絶対先帰らないで下さいよ」
と言い残して、桂は去っていった。
「関野、かっこいいんだけどいざ付き合うと幻滅しそうだよね」
「だから女の影がここ最近ないんじゃない?」
「女の影ないんだ」
「ないない」
桂が来るまで、受付嬢との話は尽きなかった。
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