69 / 120
anxiety Xmas;69;都
土日は美術館とギャラリーを幾つか回って過ごした。ソノの家に泊まらせてもらったおかげもあってだいぶ気分も落ち着いてたし、作品をじっくり観ることで更に冷静になれた気がする。
月曜、火曜、初めて論表をサボった。
まだ会うのは無理だなーって思ったから。やっぱりまだ冷静じゃないのかも。
保健室に行きたかったけど、ソノが夏目先生にチクるだろうなーと思ったから、屋上に続く階段の踊り場で絵を描いて過ごした。
水曜、クリスマスイブだ。
クラスの子に誘われて、カラオケに行った。
結構な人数いて、なんか変なテンションでみんな盛り上がってた。俯瞰の目で見て「うわ…」って思う自分が頭の中にいるのに、同じようにわーわー騒いだ。
トイレに行って、部屋に戻ろうとしたら途中に1人の女子がいた。文化祭の時、その子から好きですって言われた事を思い出した。もう一度告白された。これってもう、もしかしたら一回付き合ってみるべきなのかもしれない、と思った。だけど、頭にはやっぱり夏目先生が思い浮かんだ。「えーんって泣いてたよ」ソノの声もした。泣いてたんだ先生、だけど、俺のこともう好きじゃないんでしょ?
何の返事もしてないのにその子にキスされた。
突然で、動けなかった。
最悪だな
そう思った。でもその子に「最悪だな」とは言えない。「ごめん、付き合うことはできない」って言うに留まった。少し泣かれた。
俺も夏目先生にキスした。あの時先生も、今の俺と同じ気持ちだったかもしれない。
俺は一体何をしてるんだろう?
泣きたいのはこっちだ、
昨日ソノの胸筋に埋まりながら泣けば良かったんだ。
泣いてしまった女の子の背中を少しさすりながら部屋に戻ってすぐに、ソノにメッセージを送った。『また胸筋貸して。泣きたい』すぐ既読がついた。『今日は桂といるから貸さないけど、また貸してやる』って返事がすぐ来て嬉しかった。
カラオケから出るころにはもう8時になってた。まだみんなどっか行く雰囲気になってたけど、帰るねって言って別れた。
駅前がイルミネーションできらきらしてるから、少しひとりで見て回った。
映画館のビルの前にめちゃくちゃでかいクリスマスツリーがある。すごいなこれ。きれいだな。
なんとなく今やってる映画の一覧を見た。
まだ今から観ても10時に終わるのがギリある!どんな内容かも見なかったけど、慌ててチケットを取って、とりあえず席に座った。
既に座ってる人たちを見たら、なんていうか、カップルで観るような映画じゃないのかも…って感じがする。タイトルもまあ、そんな感じ。
あらすじを調べるか悩んだけどやめた。
暗くなって、予告編が始まる。
この時間も割と好きだけど、ラブストーリーのやつはマジで今観たくないなって思った。こんなうまくいくかよ恋愛。いかねえっつうの。
遅れてきた人が前を通ろうとしたから、脚を引っ込めた。わ、いい匂いがする。スカートが膝に触れた。匂いとスカートって情報しかないけど、なんとなく大人の女性を思い描いた。デートなのかな。もしや今から観るやつラブストーリー?チラッと一瞬だけ隣を見た。その人は俺の隣。その隣は空席。デートじゃないのかな…
クリスマスイブの日に、1人で映画を観にくる大人の女性ってなんかかっこいいなと思った。
我が道を行く!って感じ。
映画は、なんかすごいハードなアクションものだった。テンション上がる!かっこいい!あとでパンフレットとグッズ買おう。主人公は激甘のチョコバーをむちゃくちゃ食べる。俺も帰りながらチョコバーを食べよう。
エンドロールが終わって、ぼんやり明るくなった。すぐには立ち上がれない。なんか余韻。
「あっ、」
隣から声がした。俺が邪魔で出られないのかも
「すみません、すぐ退きます」
ちらっと隣の人を見た。
めちゃくちゃ美人ー!!
見すぎて気持ち悪がられたら困るから、すぐ目を逸らしてサッと席を立った。
「ど、どうぞ」
そんなん言わなくていいだろーーー!
なのに言っちゃった。やばい奴だ俺。
でも、その人は動けずにいる。
顔見るのは少し気が引けたから、足元を見た。キャメルのショートブーツから、グレーのタイツをはいた細い脚が見えた。膝上くらいの丈の茶色いニットのワンピース。鎖骨が見える。耳元にはゆらゆら、小さい真珠が揺れてる。黒い髪は短めで、ほっそりした首筋がきれいだと思った。結局見ちゃう。
『明日誰かに一目惚れするかもしれないじゃん』
ソノの声を思い出した。
ほんとかもしれない。
その人と目が合った。
「なんで、いるの」
「…え?あ、ごめんなさい…!あの、あー、ひ、ひとりですか?」
「……え?」
「お、おひとりで来られたんですか?」
その人はめちゃくちゃ怪訝そうな顔をした。
「……ばかにしてる?」
「え!!そんなんじゃないです!ほんと、ただ…なんか、その、」
顔が熱くなってきた。恥ずかしい、
ナンパか、俺はナンパしようとしたのか、
目が逸れる。
「忘れようとしてるのにどうして、」
トーンの下がった声は、聞き覚えがあった。
「どうしているの、」
もう一回顔を見た。
今やっと誰なのか分かった。
手が一気に冷えて、感覚がなくなった。
ともだちにシェアしよう!