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anxiety Xmas;71;環

映画館のロビーは、カップルだらけだった。 なんだか居た堪れなくなる。 渡辺君は隣を歩いている。 なにを話していいかも分からないし、いつ別れるのかも分からない。ただ並んで歩いている。 「あの、」 手首を掴まれた。 「ちょっとだけ待ってほしい…です、」 渡辺君はそのままグッズ売り場に入った。 観た映画のグッズを置いているところから、主演の俳優さんの写真のと、ロゴのと、2つキーホルダーを取った。あと映画に出てきたチョコバーが売られていたから、それも2つ手に取った。 わたしも欲しい…! 掴まれてるのと反対の手を伸ばした時には、また渡辺君に引っ張られてレジに向かった。 「待ってよ、」 聞く耳も持たないで、お会計を済ませる。 しかも抜かりなくパンフレットを2冊買ってるし。保存用と読む用? ロビーのベンチの前に引っ張られていく。 引かれるままに並んで座った。 「どっちのキーホルダーがいいですか?」 渡辺君は袋から2つ取り出して見せてきた。 そんなの俳優さんの写真の方がいいに決まってる! 「こっちのがほしい。わたしも買ってくる」 「あげるから!」 立ちあがろうとしたらまた腕を引っ張られる。 「あげます、パンフレットとキーホルダーと、あとチョコバー」 渡辺君は自分の分をカバンにしまって、袋をわたしの膝に乗せた。 「え、悪いよ、自分で買うから」 「もらって下さい。クリスマスプレゼント」 隣を見た。優しい笑顔だ。やめてほしい、苦しくなる。そういうのは彼女にやってよ、っていうかなんでひとりでこんなとこいるんだ! 「もらえない、」 「だめです。我慢して、持って帰って下さい。今年のクリスマスイブは俺と映画観たんだって、忘れないで」 「渡辺君と観に来たんじゃない、ひとりで」 「分かってます」 渡辺君は両手を膝に乗せた。指輪はない。 「…今日、彼女は?」 「……あー、」 なにかに気がついたみたいに、両手をこちらに向けた。大きな手、 「いません。保健室で着けてた指輪は自分で作ったやつで、ソノに見せてました」 「え、なんでソノちゃん…?」 「先生に指輪をあげたいから、サイズを測ってきてってお願いしてたんです。あの時」 「……え?」 「本当は今日渡そうと思ってました。こんな偶然起こるなら、作って持ち歩いとけばよかったー!」 「……はやとちり…?」 「そうですね。あとあの時、桂先生と「好みの人がなんとかかんとかー」って言いながら保健室に来たから、俺もそれでなんていうか、態度悪い感じになっちゃって、ごめんなさい。俺いるのに、なんで好みの人の話してるんだろうって思って」 はーって大きなため息を吐きながら、渡辺君はがっくりと項垂れた。 「やっと誤解が解けた……」 「誤解…」 「俺、まだ諦めきれてないからもう一回言います。俺は誰とも付き合ってません。待っててほしいってお願いしたし、俺も待ってます、先生がいいって言うまで。先生」 呼びかけるように言われたから、渡辺君を見た。眼光が鋭い。 「先生、言いましたよ。俺も待ってるから」 大きな手が、私の手を柔らかく包んだ。 「美術館の前で会って、映画館でも会ったね。絶対運命だと思う。俺と先生は、離れられないんだよきっと。駅まで、このまま繋いでていいですか?」 「でも、」 「クリスマスだから、特別…だめ?」 「誰かに会うかもしれないし」 渡辺君は立ち上がって、わたしの手を引っ張った。向かい合わせになる。 渡辺君がコートを着るのを見て、なんとなくわたしも上着を着た。それから渡辺君は焦茶色のマフラーをカバンから出して、わたしの首に巻いた。口元が隠れるくらい大ぶりのマフラーだ。 「ちょっとだけ隠れます。あと、学校の時と雰囲気全然違うから、気付かないと思う……俺も、はじめは気が付かなかった」 「そうなの?」 「そうです。……普通にきれいなお姉さんだって思って、おひとりですか、とか言っちゃってたし」 「……えー」 「人生初のナンパ」 なんか、笑ってしまった。 「行こう」 手を握られた。

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