71 / 120
anxiety Xmas;71;環
映画館のロビーは、カップルだらけだった。
なんだか居た堪れなくなる。
渡辺君は隣を歩いている。
なにを話していいかも分からないし、いつ別れるのかも分からない。ただ並んで歩いている。
「あの、」
手首を掴まれた。
「ちょっとだけ待ってほしい…です、」
渡辺君はそのままグッズ売り場に入った。
観た映画のグッズを置いているところから、主演の俳優さんの写真のと、ロゴのと、2つキーホルダーを取った。あと映画に出てきたチョコバーが売られていたから、それも2つ手に取った。
わたしも欲しい…!
掴まれてるのと反対の手を伸ばした時には、また渡辺君に引っ張られてレジに向かった。
「待ってよ、」
聞く耳も持たないで、お会計を済ませる。
しかも抜かりなくパンフレットを2冊買ってるし。保存用と読む用?
ロビーのベンチの前に引っ張られていく。
引かれるままに並んで座った。
「どっちのキーホルダーがいいですか?」
渡辺君は袋から2つ取り出して見せてきた。
そんなの俳優さんの写真の方がいいに決まってる!
「こっちのがほしい。わたしも買ってくる」
「あげるから!」
立ちあがろうとしたらまた腕を引っ張られる。
「あげます、パンフレットとキーホルダーと、あとチョコバー」
渡辺君は自分の分をカバンにしまって、袋をわたしの膝に乗せた。
「え、悪いよ、自分で買うから」
「もらって下さい。クリスマスプレゼント」
隣を見た。優しい笑顔だ。やめてほしい、苦しくなる。そういうのは彼女にやってよ、っていうかなんでひとりでこんなとこいるんだ!
「もらえない、」
「だめです。我慢して、持って帰って下さい。今年のクリスマスイブは俺と映画観たんだって、忘れないで」
「渡辺君と観に来たんじゃない、ひとりで」
「分かってます」
渡辺君は両手を膝に乗せた。指輪はない。
「…今日、彼女は?」
「……あー、」
なにかに気がついたみたいに、両手をこちらに向けた。大きな手、
「いません。保健室で着けてた指輪は自分で作ったやつで、ソノに見せてました」
「え、なんでソノちゃん…?」
「先生に指輪をあげたいから、サイズを測ってきてってお願いしてたんです。あの時」
「……え?」
「本当は今日渡そうと思ってました。こんな偶然起こるなら、作って持ち歩いとけばよかったー!」
「……はやとちり…?」
「そうですね。あとあの時、桂先生と「好みの人がなんとかかんとかー」って言いながら保健室に来たから、俺もそれでなんていうか、態度悪い感じになっちゃって、ごめんなさい。俺いるのに、なんで好みの人の話してるんだろうって思って」
はーって大きなため息を吐きながら、渡辺君はがっくりと項垂れた。
「やっと誤解が解けた……」
「誤解…」
「俺、まだ諦めきれてないからもう一回言います。俺は誰とも付き合ってません。待っててほしいってお願いしたし、俺も待ってます、先生がいいって言うまで。先生」
呼びかけるように言われたから、渡辺君を見た。眼光が鋭い。
「先生、言いましたよ。俺も待ってるから」
大きな手が、私の手を柔らかく包んだ。
「美術館の前で会って、映画館でも会ったね。絶対運命だと思う。俺と先生は、離れられないんだよきっと。駅まで、このまま繋いでていいですか?」
「でも、」
「クリスマスだから、特別…だめ?」
「誰かに会うかもしれないし」
渡辺君は立ち上がって、わたしの手を引っ張った。向かい合わせになる。
渡辺君がコートを着るのを見て、なんとなくわたしも上着を着た。それから渡辺君は焦茶色のマフラーをカバンから出して、わたしの首に巻いた。口元が隠れるくらい大ぶりのマフラーだ。
「ちょっとだけ隠れます。あと、学校の時と雰囲気全然違うから、気付かないと思う……俺も、はじめは気が付かなかった」
「そうなの?」
「そうです。……普通にきれいなお姉さんだって思って、おひとりですか、とか言っちゃってたし」
「……えー」
「人生初のナンパ」
なんか、笑ってしまった。
「行こう」
手を握られた。
ともだちにシェアしよう!