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ソノちゃんは受付の人とすっかり顔馴染みみたいだった。すごい。わたしは軽く会釈して、ソノちゃんについていった。 端っこの方のロッカーでサッと着替えを済ませたら、またソノちゃんにくっついて移動。 前に来た個室とは違う、ざーっといろんなマシンが並んだ広いところの、エアロバイクが並んだエリアに行った。隣り合わせで座って漕ぎ始める。 始めのうちは話してたけど、ソノちゃんはだんだん速度を上げて大変そうだったから、静かにした。ぼんやりと周りを見渡しながら漕ぐ。 今年はいろいろあったなあ、とか、そういう気持ちになってくる。 ソノちゃんが赴任してきた。 桂とソノちゃんが仲良くなった。 渡辺君ともいろいろあった。 これから先の[いろいろ]には、わたしの経験したことのないたくさんの事が詰まってるんだろうな、と思う。 仕事も、引き続き顧問はすると思う。桂が辞めない限りは顧問でいたい。そういえば竹井と飲んだ時「ぼちぼち担任もやらなきゃダメだろうね」みたいな話をしてたんだった。私立の高校だからなんとなく担任枠は埋まってて、そこがそろそろ動くんじゃないかな?みたいな噂はあった。「年明けすぐに打診がある可能性、ゼロじゃないね」みたいな。どうなるだろう? でもどうせ担任やるなら、渡辺君の担任になってみたかったな…いや、でも毎日見ることになるのかも…モテまくる渡辺君の姿を…… 「んん……」 「どうした?」 声が漏れてた。 「へへ、なんでもないよ」 ソノちゃんのおでこは汗が滲んでる。 「ソノちゃんかっこいいね」 「はー?」 ソノちゃんは驚いた顔をして、それから笑ってまた前を向いた。 わたしは少し休憩。 バイクを降りて、自販機のそばのベンチに向かう。座って水を飲んで、少し周りを見渡した。 向こう側はパーソナルトレーニング用の部屋が並んでる。前に行った部屋は1番奥。結構いっぱい部屋があるんだな。なんとなく、そちらのエリアに行ってみる。 窓から中が見える。いろんなトレーナーの方達がいて、受けてる方も老若男女問わずって感じ。みんな楽しそう。たしかに、桂から教えてもらった時は楽しかった。そういえば桂も今仕事中なのかな? 「あ、」 桂が見えた。で、ゆきちゃんも見えた。 脈がバイク漕いでる時より全然速くなった。 ゆきちゃんは竹井の友達で、それで桂とも飲み友達になって……みたいなことなんだと思ってたけど、お客さんでもあったのか…!お客さんだから、それ以上でもそれ以下でもないんだろうけど… ふたりともめちゃくちゃ笑顔だなー いやそりゃそうだよ。楽しくないとね、運動するの。でも……ほら!体ちょっと触ったりするじゃん、あ!桂も触られてる。えーーー、お客さんだけど……こんなん、勘違いしちゃいそうだ。ゆきちゃんが桂をそういう意味で好きなこと知ってるし。実際前に飲んだ時も露骨にそうだなと思ったし。 も、もやもやする………!!! 「環ー」 「うわあっ」 「なんだよ、そんなびっくりする事ないじゃん。あんまり部屋覗いてたら怪しいからやめな」 「うんうんうんうん、なんかうっかり物珍しくでこっち来ちゃったね〜」 「前来たじゃん桂と3人で」 「ま、まあね!ソノちゃん、次違うのやろ!なんか教えてよ、ソノちゃんがいつもやってるやつ」 マシンが並んだ方を向きながら、ソノちゃんの腕を引っ張った。動かない。 「ソノちゃん?」 ………見ちゃってる… 「……環、あれ見てたの?」 「見えちゃって、」 「…そっか」 なんともないみたいに、きれいな横顔だった。 全然平気なのかな、そんなふうに見える。渡辺君が「ソノみたいになりたい」と言っていたのを思い出した。わたしもソノちゃんみたいになれたらって、横顔を見て思った。 「よし、どのマシンやりにいく?」 ソノちゃんはこっちを見て聞いた。 「しんどくないやつ」 マシンのエリアの方に歩き出す。 「なにそれ…!負荷が軽くなるようにすればいいんだよ大体のは」 「そっか…なんかマシンってどれもムキムキの人がやってるイメージだからさあ」 「分からなくもないけど、そんなことないよ」 「じゃあ、ソノちゃんイチオシのやつやる」 「えーーー…どれにしよっかな」 ざーっと並んだ中を見て回る。なんか美術館で展示見てるくらいの気持ち。 「これ好きなやつ」 「どこ鍛えるの?」 「胸筋」 「胸筋…!」 たしかにソノちゃん、胸板が厚くなってきてるもんな… 「やってみる?1番軽くしとくよ」 スタッフの人みたいに、ソノちゃんはさささっとマシンに触った。 「これで大丈夫。ここに背中付けて座って、ここに腕、で胸の前に両腕引き寄せる」 「んーーー」 「できてるできてる!」 「んーーーー」 軽々はできない!でもほんと、胸の筋肉使ってる!って感じがする。目をぎゅーって閉じて、マシンを動かす。 「環くん?」 目を開けた。 「あ、ゆきちゃん」 「奇遇だねえ、こんなとこで会うなんて!」 「そうだね」 「環くんも通ってるの?」 「たまに」 「そうなんだ。さっき、桂のトレーニング受けてきたよ!」 「あ、へえー。そっか、いいね」 「なかなか予約取れないけど、また帰りに取ってかなきゃ!」 「ゆきちゃんは運動好きなの?」 「運動じゃなくて桂が好きなの、ご存知の通り」 「でも、桂彼女いるって言ってなかったっけ」 「気配なくない?」 「え?」 「だって前も普通に隣で話してて、後ろめたい感じもなかったし。諦めたくないのまだ」 「ん…んんー……」 「環くん、桂と仲良いんだよね?なにかあったらその時はご協力お願いするね!じゃあまたね!お邪魔しました」 ソノちゃんにもぺこっと頭を下げて、ゆきちゃんは行ってしまった。 「あれがゆきちゃんか」 「うん…」 「なんか、気圧されるね」 「だめだよ!」 思いがけず大きな声になって、咄嗟に口元を抑えてしまった。 「…だめだよソノちゃん、」 ソノちゃんは少しだけ笑った。 一緒にマシンをやってから、着替えて受付に行った。 「大沢さん、お疲れ様です」 「ありがとうございました」 ソノちゃんはわたしの分の鍵も一緒に、スタッフのお姉さんに返した。 「ありがとうございます。お友達ですか?」 「いとこなんです」 「そうなんだ。仲良くてすてきですね!あ、関野呼び出します」 「いやいやいや、いいです呼ばなくて」 スタッフのお姉さんは、ソノちゃんと桂が恋人だって知ってるのかな…?そんなことはないか。 「さっき関野から連絡来たんですよ。もし俺の休憩中に大沢さんが受付来たら呼んでくれって」 「あれ、今日来てること知らないはずなんだけどな」 「隙間の時間に走ってきて、そのさん来た!?さっき見えた気がする!!って。必死でした」 「えー……」 「…引いてますね?」 「引いてます」 「じゃあ引いてますって連絡しときます!」 お姉さんは、胸元のマイクを触った。 「関野、大沢さん受付来てます。君のしつこさに引いてます」 …笑ってしまった。ソノちゃんも笑ってる。 「なんか『引いてるってなんだよ!!』って怒鳴ってます」 「怒鳴らせといて下さい!帰ろう」 「え、いいの?」 「いいよ。今年もお世話になりました。また来年もよろしくお願いします」 「こちらこそありがとうございました。またお会いできるの待ってますね!」 わたしも頭を下げて、ジムの外に出た。 風が冷たくて寒い。 「いいの?会わなくて」 「今は会いたくない」 胸がぎゅってなった。 「…もし桂が真っ当な人生を送りたいって思ったら、その時はいつでも身を引くつもり」 「え、」 「そう思ってるつもりだった。だけど、全然そんな覚悟できてなかったなーって。すごい想像できちゃったよね、女性といる桂の感じ。結婚して、子供がいて。その方がいいんじゃないの?って思う気持ちの方が強くなっちゃった。で、それがすごい嫌だし悲しい」 ソノちゃんは立ち止まって、わたしの顔を見た。 「カラオケ行かない?飲み放題、オール」 「…いいねえ」 めちゃくちゃ飲んで歌って、笑ったりちょっと泣いたり、朝になる頃にはなんだかよたよたしてしまって、それもおかしくて、ふたりで笑いながら帰った。

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