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mess up;88;苑
桂は指輪を着けていなかった。
仕事の規定だろ、と自分に言い聞かせたけど、どうも飲み込みきれなかった。
仕事だからだろ、と思ってみても、どうもあの子とはだいぶ仲が良いように見えた。
それでもいい、桂は好きだと言ってくれているんだから、何の問題もない。……そう都合良く考えることができなくなっていた。
ずっとネックレスに通して身につけていたけど、カラオケに行ってる間に外してしまった。なんか感傷的だったんだと思う。とりあえず無くさないように、財布にしまった。また桂に会った時につけたらいい。
いくら飲んでも、その勢いで叫ぶように歌っても、かなり理性は残ったままだった。
なんか分からないけど、都にメッセージを送った。『俺、全然大人じゃなかったわ』で、送ってから午前3時だったことに気がついた。
29日はオールの余波がすごくて、昼過ぎまで泥のように寝てしまった。起きたら環も俺も浮腫んでて、なんかすごい笑った。箸が転げてもっていうやつ。ふたりで写真を撮った。ほんとひどい顔だ。
都から返信が来ていた。
『どうしたの?』
少し考えて、撮った写真を送った。
『え、めっちゃ泣いた?』
『うん、泣きながらカラオケオールした。明後日待ってんね。○○駅のロータリーに10時』
『すごい不安なんだけど…俺の胸で泣いていいからね!31日了解です。楽しみにしてるね』
よっぽど都の方が大人だろうなと思った。
30日は掃除。
ふたりで黙々とやったら、昼過ぎには終わった。片付けてるときに、そういえば買うだけ買って手付かずだったマニキュアが出てきた。
「環、手貸して」
「なに?手?」
環の手は小さくて柔らかい、きれいな形だ。爪も細長くて、塗るのが捗った。
「かわいい!」
「冬休みの間はいいもんね」
淡いピンクに、爪の先だけ茶色を塗った。
「へへ、なんかチョコみたい!アポロだ」
「大晦日、なんか可愛くしてよ」
「えー?」
「それでドライブしよう」
「へへ、いいねえ!ちょっと遠く行って、日が沈むの見たいな」
「初日の出じゃないの?」
「うん。沈んで、星が見えるところに行きたい。それで外出て、さむーってなって、自販機でコーンスープ買って飲みたい」
「具体的だなあ」
「でしょ?へへ、どんな服で行こうかな?」
「あったかい格好で行きなよ。あれは?もこもこのファーのコート」
「あーー!そうだね、あれにする。クローゼットに入れっぱなしだったなあ」
環は鼻歌を歌いながら、クローゼットの中に並んだ服を選び始めた。
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