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mess up;98;桂

環がまめに連絡をくれたおかげで、一度家に荷物を置きに帰ることができた。 顔を洗って、指輪を着けた。もう外さないでいよう。ジムではシンプルな指輪であれば着けてていい規定だし、部活の方でも大丈夫だったはず。 指輪を着けた指を撫でた。それから新幹線の待ち時間に買ったお土産を忘れずに持って家を出た。 マンションのエントランスで少し待つ。 そしたら話し声が聞こえて、3人で並んで歩いてくるのが見えた。環がこちらに気付く。都も。 「桂先生ー!」 ぶんぶん手を振られて、振り返した。 そのさんはその場から動けないでいる。 都と環は走ってきて、ふたりで体当たりしてくる。 「よかった、」 こそこそって呟くみたいに環が言って、都も 「仲直りして」 と囁く。 ふたりの背中を軽く触って、頷いた。 そのさんは近づいてこない。 「ソノちゃん、先行ってるね」 ふたりはエントランスを抜けていく。 ゆっくり近づいた。 視線は合わなくて、唇も固く結ばれてる。 「そのさん、会いたかった」 手を握ろうと伸ばしたら、避けられてしまった。言葉に詰まってしまう。 「……なんでいるの」 「会わなきゃだめだって思ったから、会って話さなきゃって」 「こんな時に?」 「こんな時だからだよ。来年に持ち越したくなかったし」 「持ち越すも何も」 目が合った。きらきらしてる。 「終わりにしていいよ」 歪んだ笑顔で、鋭い目で、 「俺、多分だめなんだと思う。誰かと付き合うっていうこと自体が、無理だったんだと思う。いくら誤解だったとしても嫉妬しちゃうし、しかも根深い。自分でも気持ち悪いくらい、…だから、ごめんなさい」 「…本当に?」 「…もう、今のところ誰とも付き合おうとは思わない。後腐れないのが俺には合ってると思う。それに桂はやっぱり、真っ当に生きるべきだよ」 そのさんは解けるように笑った。 「俺みたいなのと一緒にいてもいいことない!せっかくこんな完璧でかっこいいんだから、なにもこんなのと付き合わなくてもいいじゃんね!夢みたいだったよ、思い返したら。ありがとう。職場一緒なんだし、いつか本当に結婚したり子供生まれたりとか、そういう時には聞かせてよ。待ってるから。俺には叶えられないことだからね、楽しみにしてる」 勝手に終わらせようとしないでほしい。 俺の気持ちは?伝えないといけない。伝えたところでもう、何も響かないとしても。 「俺は嫌だよ。別れたくない。結婚とか子供とかそれは周りが勝手に言うだけの話で、俺の意思じゃない。夢みたいだったって…それだったら終わらなくていいでしょ?俺はまだそのさんと一緒にいるってことしか考えてないよ」 「嫉妬して苦しいのに?」 「苦しい思いはさせない」 「したんだよ、俺が勝手に。見なくていいものを見て、些細なことを気にして。それは桂のせいじゃない。俺自身の問題」 別れるつもりなんてない。 だけど今のままじゃ身動きが取れない。 そのさんは頑固だ。 でも俺も譲れない。そのさんを手放すことはできない。 目を見つめる。 …自惚れかもしれないけど、絶対まだ苑の中で終わってない。申し訳ないけど足掻かせてもらう。 一歩近付く。そのさんは後ずさる。 強引に腕を掴んで抱きしめた。すごい力で抵抗される。……こんな時にトレーニングの効果を発揮しないでほしい…!だけどまだ俺の方が勝ってる。そのさんの力は抜けていく。 「諦められない。ごめん、俺も頑固なんだよそのさん。俺とだけ付き合うことが難しければ、後腐れない関係になってもいい。大勢のうちの1人でも構わない。それでも俺はそのさんといたい。ふたりで過ごす時間が欲しい」 「…無理だよ」 「どうして?」 「……嫉妬するに決まってるでしょ、後腐れなくなんてできない」 「その時にしか会わないなら、嫉妬しようがなくない?」 「………んん…?」 耳元に唇を寄せた。意識してそういう声を出す。 「想像して嫉妬しちゃうの?」 こんなやり口はずるいと思う。でもこうするしかない。髪を撫でて、頬に唇を寄せる。 「かわいい。やっぱり好きだよそのさん…諦められない。お願い」 「…嫉妬は意識して抑えられるもんじゃない」 「じゃあもっとたくさん話そう。会えなくても毎日電話しよう。そのさんのこと全部知りたい。何を思ってるか、感じてるか、教えてほしい。我慢しないで、全部」 腕を緩めて、真正面から顔を見た。 「そのさんが好きだよ。たくさん不安にさせてごめん。もうそんな思いはさせない」 瞳が揺れる。 「でも、……っくしゅん!」 そのさん、素早く両手で口を押さえて思い切りかわいいくしゃみをした。 「んん、」 「寒いよね、ごめん」 「…どうするの、今日」 「一緒に過ごしたい。けど、…嫌だったら無理には……いや、一緒にいたいよそのさん」 「……なにそれ」 「葛藤してんの!」 「桂は、本当にいいの?」 「そのさんじゃなきゃだめなんだ」 「なんで?」 「好きだからだよ。好きで堪らないから。それ以外に言いようがない。嫉妬するって言うけどさ、そんなこと言われてもって感じだよ」 「…は?」 そのさんは不機嫌そうな声と目つきになる。 「ゆきちゃんがいるって言うけどさ、俺がそのさんしか見えてないっていうの、分からない?」 「分からない。ゆきちゃんと楽しそうなところしか見てないから」 「それは見る目がないね、苑」 頭を撫でた。 「まだまだもっと俺の事を知ってもらえるように、心がけなきゃな」 「……そうだね、知りたい」 そのさんは俺の左手を取った。 「指輪、貰った時幸せすぎて気が狂いそうだった。それくらい、桂のことを思ってる」 指輪に触れられた。 「好きすぎて、苦しい」 抱きしめた。力が強くこもってしまった。 「……くるしい」 「俺がどれだけ苑のことを…苑だけを好きなのかが分かったら、きっと苦しくなくなる。幸せだって思ってもらえるように努力する」 「…んん……」 「だから、終わりだなんて言わないで」 「…わかった」 顔を擦り寄せてくる。 ……こういうとこだよな…!こういうところが本当に愛おしい。腕も背中に回ってくる。堪らない。 「今日会えなかったら、きっと意地でも別れるって言ってたと思う」 「そうなってたとしても、俺が素直に分かったって言うと思う?」 「だから、殴り合いになってたと思う」 「仮に殴り合って、俺に勝てると思う?」 「……ワンチャンあると思う」 「ないない。まだ俺の方が力では負けないよ」 「俺の事殴れる?」 「……あー」 そのさんはくすくす笑って、それから顔を上げた。神妙な面持ち。 「……ごめん、せっかく実家でゆっくりするところ、こんなことになって」 「大丈夫。また連休の時に帰るよ。その時はそのさんの話、できたらいいなと思うんだけどどう?」 「………考えとく」 「うん、ありがとう」 「桂」 「なに?」 キスされた。 そのさんの耳と首筋は、夜でも分かるくらい赤くなった。

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