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neeedyyy;117;桂
「え!!!!!」
そのさんが珍しくかなり大きい声を出した。
そしてここはジムの受付…
「わ!大沢さん、どうしたんですか?」
受付の持田の目がまんまるになってる。
「いや……ちょっ…と…」
スマホを渡された。
受け取って画面を見る。
「え!!!!!」
「関野うるさっ!」
別れるって……
都と環?ほんとなのこれ…?
「いや、うるさくなっちゃう話なんですよそれが…」
「えー、気になる」
「恋愛の話」
「あーー、そういう感じかあ…」
「持田さんはどうなんですか、最近」
「大沢さん、よくぞ聞いてくれました…やばいんですよ、気が利かない彼氏。もう別れよっかなみたいな」
「えー、なんで?」
「なんか、同棲しようって話になったんですけど、家事負担とかやばそうな気がして。気が利かないし」
「なるほどね」
「ちょっと大沢さん今度飲みません?」
「いいですよ。飲みましょう」
「いやいやいやいやいや、持田なに勝手に飲みに誘ってんの」
「え?大沢さん、めっちゃ話したら楽しいし」
「やめなよ、彼氏が嫉妬するって!!」
「嫉妬させときゃいいんですよ。それで肝冷やして、ああ、ちゃんと持田さんのこと大切にしなきゃだなーってなれば」
「大沢さん最高すぎです」
「そのさん、だめです」
「桂も一緒に行けばいいじゃん」
「えっ」
「そうだよ。関野も一緒に飲もうよ。関野の恋バナも一応聞きたいし」
「一応ってなんだよ!」
「や、なんか重そうだからなー…サラッとだけ聞きたい」
持田にはほんとばかにされてる気がする…
まあとにかく本当に今度行こうねってことになって、ふたりでジムを出た。
ばかにされてる気はするけど、持田と話して和んだのはありがたかった。
それだけ、都と環がうまくいかなかったことがショックだった。…いや、見間違いかな…
「そのさん、もう一回見せて」
そのさんは黙ってスマホを差し出してくる。
『夏目先生とは別れることになりました。色々相談に乗ってくれてありがとう。そのがいなかったら付き合うことなんてできなかったと思うから、本当に感謝してます!』『夏目先生の連絡先とか全部消しちゃったんだけど、そのの連絡先は持っててもいいよね?そのとは今までと変わらずにずっと話したいです』『まじで死にたい』『とりあえず、家帰るね。今日朝早くからごめんなさい』
「……なにがあったんだ…」
「まあ…環の頑固が発動したんだろうね…この死にたいっていうの、言葉のあやだよね?」
「そうだと思うけど、でもあれだな、嫌だななんか…そのさんは環のところに行ってあげて!俺、都に会いに行ってみるよ。連絡取ってもらっていい?」
そのさんに、都に連絡を入れてもらった。
俺の連絡先も知らせてもらって、家に来てもらうことになった。
最寄り駅に迎えに行ったら、だいぶ顔色が悪くてびっくりした。昼過ぎだったから、なにか食べるもの買って帰ろうか?って聞いたけど、食べる気にならないから、って…ひたすらに心配で、なんか緊張してしまう。
家に着いたら、とりあえず温かいもの…と思ってホットミルクを出した。…こういう時、そのさんみたいにお茶とかぱぱっと淹れられたらいいのにな…って思う…
「桂先生は、失恋したことありますか」
「あるよ」
「立ち直るのにどれくらいかかるのかな」
「うーん……まあ…すぐには難しかったね…」
「…だよね」
あまりに分かりやすく項垂れてる…
「辛かったら答えなくて全然いいんだけど、なんで別れることになったの?」
聞くことが正解なのかは怪しいけど、聞いた。
都はため息を吐く。
「なんか全然、話が進まなくなって」
「うん」
「俺は全然別れたくなかった」
「そうだよね」
「女だとか男だとか、そういうので環…な、夏目先生が苦しむことになるなら、……いくら俺が気にしないって言っても、環が気にならなくて済むように努力するって言ってももう、全然…そこから動けなかった、」
都が流した涙が、テーブルにぽたぽた滴り落ちる。
「俺がクラスの子と手を繋いで遊んでたことも、環が竹井先生とくっついてたことも、結局そこに行き着く。どうしたら環を幸せにしてあげられるのか、すぐには答えが出せない。今できることは、別れることしかない。それが環にとって幸せなら、俺はそうしなきゃいけなかった」
テーブルに伏せて、啜り泣く声が聞こえる。
背中を撫でた。
「つらかったね」
堰を切ったように泣き声は大きくなって、俺までもらい泣きしてしまった。
隣にいって肩を抱き寄せて頭を撫でた。
そしたら両腕を伸ばすから、思い切り抱きしめた。
「死にたい」
嗚咽で小さく体を揺らしながら都は言った。
「ソノの家を出てから、ずっと考えてる。だけど、どうしようもない。もういなくなりたい。環のそばにいられないのはつらい」
都はすごくしっかりした子だ。だからこそ、ここまで取り乱してることが信じられないような気持ちになる。
「自分がこんなふうになるなんて思わなかった。それもショック。自分がここまで弱い人間だと思わなかった」
「都は弱くない」
「打たれ弱くもあるし、周りに流されるのも弱いからだと思う。どうして断らなかったんだろう?なんで一回くらい良いかって思っちゃったんだろう?ばれないだろうって、ばれないならいいってわけじゃないのに、」
「都、」
「竹井先生とのことだって、どうしてあんなに俺怒鳴っちゃったんだろう?最低だった。そうだよ、だから嫌われたんだよ俺、環に。だからどうにもならなかったんだ。あんなにボロクソ言って、環のことを幸せにしたいとかどの口が言ってんのって感じじゃん!」
「そんなことないって、」
「……学校でも、会わないようにした方がいいかもしれないよね、だって顔も見たくないと思うよ俺の。ほんと消えたい。いなくなりたい」
都の顔を両手で包んだ。整った顔が涙でびしょびしょになっている。親指で拭った。
「都。都は最低じゃない。落ち着いてとか、冷静になれとは言わない。だけど、これ以上自分を卑下しないで欲しい。俺は都が好きだよ。優しいし、一生懸命だし。そのさんと俺が拗れた時も支えてくれたよね。都にいなくなられたら、俺は寂しい。悲しい」
「…うん、」
「一旦全然関係ないことしようか。なんかしたいことある?」
都はしばらく何かを考えているような表情をして、それから、あっ!て顔をした。
「ヌードデッサンだ」
「えっ」
「桂先生のことデッサンしたかったんだ!全部とはもちろん言わないから、描いていい?」
………断れなかった。
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