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neeedyyy;119;都
家に帰って、桂先生を描いたデッサンのページをスケッチブックから切り取って、壁に貼った。
我ながら、かなり上手に描けたと思う。
桂先生のからだはめちゃくちゃ美しくて、だいぶテンションが上がった。筋肉がすごい男性って、なんかこう強い感じっていうか…野郎感というか…そういうイメージがあったけど、桂先生はそれこそ美術作品みたいな、きめ細かい美しさのようなものを感じた。もちろん強さも感じるけど、先生の醸し出す優しさとか包容力とか、そういうのが強いのかも。
とにかくこれは飾らせていただこうという感じ。だし、またちゃんと描かせてもらおうと思って、すでに春休みのスケジュールを押さえさせてもらった。傷心中の俺の要求はすぐに受け入れられた。
死にたいとか消えたいとかは、冗談じゃなく結構本気だった。
大好きな環といられなくなる
大好きな環を不快な気持ちにさせてしまった
罪悪感、苦しさ、吐きそうだった。今だってそう。
だけど絵を描いてみて、やっぱり俺は描くことが好きだし、そっちに集中したらいいんだって思った。今はアウトプットの時期だ、きっと。
写実的なものだけじゃなくて、抽象的なものも描く。それはここ数ヶ月で知った愛、愛おしさ、苦しさ、ジレンマ、そういう感情のことだ。性的な快楽、具体的には環のそういう姿は、どう足掻いてもすぐには頭から消え去らない。だから逆にカンバスに吐き出した。環を描くわけじゃない。自分の感情。
色々あった土曜日、絵を描きまくった日曜日。
月曜からはまた学校が始まる。
サボろうかと思ったけど、やめた。
ちゃんと全部、いつも通りにしようと思った。
学校用のペンケースには〔Tamaki〕って刻印のシャーペンが入っている。それを出した瞬間は、内臓がぎゅーってなった。
論表の授業の時、先生に丸を付けてもらう時間があった。課題ができたら教卓に行く。課題は割とすぐにできた。付箋を取り出して、少し…いや、だいぶ考えながら書いた。
『ペンありがとうございました。名前入ってるから、お返しします』
冷たすぎる文面かも、と思ったけど、これ以上どうしたらいいか分からなくて、そのまま持っていくことにした。
教卓にいる環は、眼鏡をかけている。前髪を少し上げてセットしていて、白いスタンドカラーのシャツに、キャメルの大きめのカーディガンを着ている。俺が1年の時に大好きになった、そのときそのままの夏目先生だった。
課題を提出する生徒の列が少しできている。
環は赤ペンで丸をつけていく。丸をつけ終えたら、顔を上げて生徒の顔を見て、にこって笑う。可愛すぎる。やっぱりすごい好きだ。ちょっと前まで恋人だったのに。どうしてこうなってしまったんだろう?苦しい、悔しい、
「渡辺君?」
前には誰もいなくて、環が不思議そうな顔でこっちを見ていた。
「すみません、」
ノートを差し出した。
ペンが滑る音がする。
「満点です」
目が合った。
握ってたシャーペンを教卓に置いた。それから付箋を貼る。
環はそれを見た。
明らかに目が泳いでいた。小さく首を振って、赤ペンで付箋に書いた。
『もってかえって』
「でも、」
『生徒の前で泣きたくない』
小さく鼻を啜る音がした。
「みやこ〜、夏目ちゃんのこと好きだからって居座りすぎだっつうの」
「しかたないじゃん」
「メイドじゃなくてもかわいいもんねー!俺も卒業する前に一回攫っちゃおっかな、夏目ちゃんのこと」
環はきょとんとした顔をしている。
「…え、まじで今すげえかわいいけど、どうしたの夏目ちゃん…」
「ど、どうもしないけど、」
「攫っていい?」
「えー?」
そいつの肩をバシッて叩いて、ノートとペンを持って席に戻った。
だめだ、めちゃくちゃ好きだ、
胸が張り裂けそうとはこのことだと思った。
環は普通に、他の生徒には笑顔を見せている。
俺に対しては強張った表情だった。
環はもう、俺のことなんて見たくもないはずだ。でも、絶対にちゃんと出席する。
もうとっくに嫌われてるんだから、これ以上落ちることはない。と、思う。だから卒業まで、爪痕を残す。
俺と恋人だった数ヶ月、忘れないで。
楽しかったこと、幸せだねって言い合ったこと、頭の隅でいいから覚えてて。
教卓にいる環を見た。
環の名前入りのペンは、やっぱり返すのをやめようと思った。一生大切にする。
もしこの先俺が、誰かとまた恋をするとしても、環のことは絶対に忘れない。
俺以外の大勢に向けられた笑顔は、屈託なく可愛かった。
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