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 薫と連絡先を交換すると、ふたりは1日に数回やりとりをする関係になった。和真からは当たり障りのない雑談を送り、薫のほうからは写真付きのメッセージがよく届いた。  それはなんということはない、街角に咲いた花を撮ったものだったり、ビルの合間から覗く青空であったり。そんなありふれた景色を「綺麗だからおすそ分けしたくて」と送ってくる。  なんて素朴で純真な人なんだろう。和真は一種の感動さえ覚えた。こんな人がセックスなんてするはずない、とさえ思うほどだった。  ところが和真ときたら、相変わらず性的な夢を見る。それは例えば、ソファに座ってインタビューを受けるところから始まるやつだったり、街角で素人に声をかけるやつだったり。とにかくあらゆるシチュエーションで薫は淫らな姿を見せそうになった。その度に、飛び起きる。薫さんはそんなことしない。と、思うのに、どうにも胸が高鳴ってしまう。  いや、もしかしたらこれは、性欲を持て余してるだけかもしれない。好意とか、恋とかではなくて。そんな気さえした。なにしろ、セックス無しでは生きられなかった和真が、もうひと月もシていないのだから。  どうかしてる。何度もそう思って、誰か相手を探そうとしたけれど、どうしたことかその気が起きない。仕方なくひとりで処理しようとすれば、何故だか薫の出演しているAV(出演していない)のことを思い出してしまい、集中できないし。  ともかく、和真はそれなりに困りつつ、毎日を過ごしていたのだ。  そんなある日のこと。 『和真君、だいぶ髪が伸びてるよね』  たわいのないメッセージのやりとりをしていたら、薫がふいにそんなことを言い始めた。  彼からのメッセージには、だいたいかわいいスタンプや絵文字がついてくる。和真も同じようにスタンプや絵文字を交えながら返した。 『そうなんすよ。そろそろ切りにいかなきゃとは思ってるんですけど』  和真は鏡に映る自分の髪を摘まんでみる。  社会人には清潔感が大切だ。男ならば、伸びすぎた髪も切りすぎた髪もあまりよろしくない。今の和真は、伸びかけていて清潔感の失われるギリギリといったところだ。  次の休みにでも予約をしなきゃいけないな、と考えていると。薫から次のメッセージが届いた。 『よかったら、うちで切らない?』  ん? と和真は首を傾げた。うちで切る、というのは、薫の部屋で、ということだろうか。  貧乏だった学生時代には、よく友人同士で切り合ったものだ。素人が切るのだから、もっさりとした出来栄えになるものの、なんだかそれが学生っぽくて楽しかった気はする。しかし、今の和真は営業職であるし、プロに切ってもらわないと人前に出るのは厳しいように思う。  どう断るか、と考えていると、少しして薫から追加のメッセージが届いた。 『この間、看病してもらったお礼がしたくて。大丈夫、お代はサービスできるから』  お礼はともかく、お代ってなんだ。  和真はさらに首を傾げる角度を深めて、ポチポチとキーを叩く。 『お代ってどういうことですか?』  率直に尋ねれば、すぐに返事が有った。 『カット料金だよ。パーマとかカラーとかもできるよ。どうかな?』  文言を見つめて、和真は顔を顰めて考えた。 『もしかして、美容室の話してます?』 『あっ、話してなかったっけ。私は美容師なんだけど、近くにお店が有って――』  そこから先のメッセージは、ひとまず頭に入って来なかった。  美容師? いや確かに、そんな気配はあった……あったか?  髪の長い男は、珍しい。よく考えれば、それだけで企業の正社員とかではない可能性が高いだろうし。芸術家に多いイメージはある。そういえば薫は会う度に髪型のアレンジを変えていたような。いつもお高い石鹸屋の香りがしていたのも、大晦日まで仕事だったのも、美容師だったから、ってことなのか?  ウーン、わからん。でも、そういうことなんだろう。  和真は納得し、それから改めて「エッ!」と声を上げた。  つまり美容師である薫の勤め先で、彼の、プロの手で切ってもらうということなのか。 「えっ、いやっ、困るっ、いや困らないけど、えっ、ええっ」  和真はひとりで焦り、あわあわと視線を右往左往させる。  困る、と言うと語弊がありそうだけれど、かといって困らないのかと言われたら困る。そうでなくとも、美容師という類の人間、ウマが合う時には妙に魅力的な存在になるものだ。サービス業の性質も有るからだろう、親身に話を聞いてくれながら過ごす時間を、和真は嫌いではない。  問題は、それを薫とやる、ということだ。 「えっ、大丈夫かな俺……」  近頃、散々にAVでセクシーな姿を披露している薫(していない)。そんな彼と鏡越しにでも親密に過ごせるものかどうか。色々思い出して、ムラムラしちゃわないだろうか、不安でしかたない。  しかたないのだけれど。 『薫さんに切ってもらえるなんて、めっちゃ嬉しいです! よろしくお願いします!』  指先は和真よりよほど素直に、メッセージを書き込んでいたのだった。    そのこじんまりとした美容室は大通りに面していた。外装は木を使った看板や扉のナチュラルテイストなもので、どこか温かみがある。プランターに植ったパンジーの花の向こう側、一面のガラスからは店内の様子が見える。落ち着いたカントリーテイストのそこに、客の姿も美容師の姿も無かった。  スマホを取り出して見ると、予定時間の5分前。和真は少しだけ身だしなみを整えて、恐る恐る扉を開いた。  カランカラン、と綺麗な音でドアに付けられたベルが鳴る。するとすぐに、奥から快活そうな女性が出てきた。メッシュの入った洒落た髪、小綺麗ながら動きやすそうな服装にエプロン。間違いなく美容師だと思う。 「あ、あの。予約してた、七鳥ですけど……」 「はいはい、話は聞いてるわ。薫ちゃーん、いらっしゃったよーっ」  女性は奥に向かって良く通る声で呼びかける。少しお待ちくださいね、と彼女は笑顔を見せる。感じのいい人だ、と和真はぼんやり思った。  ややして、店の奥から薫が現れた。白いシャツに黒いエプロン、長い髪の一部を編み込み、後ろで緩くまとめた彼は、一見すると女性の美容師に見えなくもない。和真の顔を見るなり、微笑んで「来てくれてありがとう、どうぞこちらへ」と席へ案内してくれた。  大きな鏡に向かい、椅子に腰かける。すぐ薫がやって来て、優しくケープをかけてくれる。和真は妙に緊張して縮こまっていた。  美容師は頭部に顔が近い。念入りにシャンプーをしてきたけれど、嫌な匂いとかしていないだろうか。油がぎっとりしていないだろうか。和真は不安と緊張でガチガチになっていた。 「緊張してる? 和真君」 「えっいやっ、はいっ、いえ、大丈夫ですっ」  カラカラと作業台と椅子を引きながら、薫が問いかける。和真は慌てて首を振ったけれど、あまり誤魔化せはしなかったようだ。 「ふふ、リラックスして。深雪さんも優しい店長さんだから、和真君を歓迎してくれてるよ」 「そうよー。あとでコーヒー淹れてあげるわね」  深雪、というらしい先程の女性は店長のようだ。鏡越しにヒラヒラ手を振っている彼女に、会釈をしながらも、和真はドキドキいう胸を鎮められなかった。

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