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第六話 カウンターの邂逅
灯りの落とされた、薄暗い部屋。ソファの上では、2匹のヒツジが寄り添っている。そばにはベッドが置かれていて、そこにふたりの姿があった。
手を結び合って、互いに愛しげに口付けを交わしている。そのひとりは、薫だ。ベッドに押し倒される形の彼は、うっとりとした表情で愛撫を受け入れていた。長い睫の隙間から覗く、薄い色の瞳は濡れて、目の前の人物を映している。
薫に覆い被さっているのは、銀色の髪に空色のメッシュの男だ。武骨な指で、薫の頬に触れ、何度もキスを繰り返している。それは、無理強いしてのことではない。彼らはお互いに、相手を求め合っている。その事実が、視線、吐息、ふたりの仕草、あらゆることから伝わってきて、和真はギリリと奥歯を噛み締めた。
和真が何処にいるかと言われたら、この状況を撮影しているカメラの中、である。もっといえば、その映像を見ている側、ということだ。
(く、クソーーーーーッ!! 薫さん、薫さぁああん!)
和真はカメラの目線で秘め事を見ているに過ぎない。ばぁん、と音を立てて画面を叩いたけれど、当然録画されたそれに影響があるはずもなく。和真の様子に関係無く、ふたりの情事は続いていくわけだ。
(俺だって薫さんとエッチなことしたいのに! ずるいぞ、銀色鉛筆ーーッ! 見たくない、でも見たい! 薫さんのエッチなところ見たい、でも相手が俺じゃないのはやだーーッ! 夢なら醒めてーーッ!)
ウワーーーーン! と叫びながら和真は目を覚ました。
汗だくになっていた和真は、そのままオイオイと喚きながらヒツジを抱きしめる。そしてすぐに、ヒツジが汚れてしまうと慌てて手を離し、布団に潜って丸くなった。
よりによって銀色鉛筆と薫のエッチな夢なんて見たくなかった。真っ暗な部屋は静か過ぎて、和真がグスグス言っている声だけが響く。本当に最悪の夢だ。まだいつものAVのほうが、トンデモシチュエーションでも夢があったというものだ。
「……でも、あれが現実なのかもしれない……」
銀色鉛筆と薫さんは恋人同士で。薫さんは隣の自分に優しくしてくれていただけ。薫さんは最初から俺のことをなんとも思っていなくて、俺が勝手に片想いしていただけ……。
「ヴーーーーーーー!」
妙な雄たけびを上げて、和真は被っていた布団の上から頭を押さえた。これが恋の苦しみなら、知らなかったほうが100倍マシだった、と思う。恋なんてしなければ、薫と仲の良い隣人でいられたのに。今もまだ、毎週知らない男と気楽にセックスを楽しんでいただけだったろうに。
「クソーーーーッ! 恋なんかしたくなかったよーーーッ!」
和真は叫んだ。
和真が泣こうと叫ぼうと、寝不足になろうと無慈悲に朝はくる。
毎日のように「シノ~」と鳴いていた和真だったが、シノは毎日のようにスルーしていた。それでも聞いてくれるだけマシなので、めげずに鳴く。シノもなんだかんだで付き合いがいいから、許してくれる。
しかし、だからといって事態がよくなるわけもなく。静かに毎日が過ぎた。
家に帰ると、隣人のことを考えてしまう。和真は近頃プラプラあてもなく街を彷徨うことが増えていた。昔のように遊ぶ相手を探しているでもなく、ただ時間を潰すための、散歩のようなもの。
以前より、色々なことを考える時間が増えたように思う。薫のことが多かったけれど、それ以外のことも。そもそもどうして自分はこんなに寂しがるのか、とか。
薫は誰にでも、自分に対してそうしたのと同じことをするのだろうか、とか。だとしたら、薫にやめたほうがいいと言わなければ。天然タラシにもほどがある。いずれ勘違いした人にひどいことをされるかもしれない。自分はまだ、なんとか理性で抑えているけど、みんながそうとは限らないのだから。
そんなことを考えながら過ごし続けて、とある月曜日のことだ。
土日も隣のことで気が休まらず、ボンヤリと終業を迎えた和真。真っ直ぐ家に帰る気も起らず、どこかで外食でもして帰るか……と考えていたところで、和真のスマホがブルブル震えた。
メッセージだ。薫からかも、とすぐ開いてみると、バー『ジョー』のマスターからだ。
「ん?」
そういえば結構前に、「最近顔見せないけど元気してる?」とか聞かれて、適当に答えて以来、何の音沙汰もなかった。何か用だろうか、とメッセージを読む。
『お友達、来てるよ』
和真はその文言に首を傾げる。友達、とは誰のことだろう。わからなくて素直に 『友達って、誰すか?』と返した。
数十秒後、帰ってきた答えに、和真はしばらく硬直した後、「ハァ!?」とあたりに響き渡る叫び声を上げた。
『美容師のひと。つゆみねって名乗ってたよ。和真君に紹介されたって来てるけど、そういう子?』
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