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第十二話 寂しがりのあなたへ
「はあ?」
シノが今まで見たことが無い程眉を寄せて、蔑みの眼差しを向けて来た。
「告白されたのに、少し考えさせてほしいって? 何考えてんですかあなた。これまで散々騒いでいたくせに。飛びついていきなさいよ」
「ううう、全くもって、おっしゃる通りでございます……」
和真はこれ以上なく身体を小さくしながら、うな垂れていた。
仕事終わりのカラオケルーム。あれからずっと生きた心地がしなかった和真は、げっそりした顔で出社し、そのままシノと一緒にここへ来た。それから事情を説明したところ、シノが呆れかえってしまったのだ。
「これまでずっと相談に乗ったり、一緒に買い物に行ったり。色々時間を割いてきたのに、どうして今になってあなたが躊躇しだすんですか。好きなんでしょう」
「いや、ホント好き。好きなんだよ、今も絶対恋してる。正直、付き合ってほしいって言われて死ぬかと思うぐらい嬉しかったんだ。シノの言うとおり飛びついて「お願いします!」って言いかけたんだけど……だけど……」
舞い上がった気持ちが、どうしてだか急に鎮まって。それから感じるのは、不安だけになってしまった。
これまではいい。ただ片想いをしていただけなのだから。けれど、お付き合いをするとなれば。色々なことが、関係性が変わってしまう。それが不安だったのかもしれない。
よくわからないまま、しかし返事をしないのもまずいと「少し考えさせてほしい」と言った。薫は一瞬驚いたような、それから残念そうな表情を浮かべて「うん」と頷いたのだった。
「すげえ申し訳ないことしたって思ってんだよ? でもさ、これまで薫さん、俺のことを「弟みたい」とか言ってたし、親切な隣人扱いしかしてなかったし! それに、悠生さんのこと今も大切に思ってるんだから、てっきりまだ好きなんだと思ってて……」
「……まあ、……そう、思ってもしかたないかもしれませんけどね」
「だろおー!?」
シノにしてみれば、和真よりも先に薫が好意を寄せていると知ったのだから、意外でもなんでもないけれど。薫はそれを悟られまいと、敢えて距離をおくようにしていたのだから、騙されて当然だろう。
と、いう事実を、シノは薫との約束通り伝えなかった。
「でもそれは言い訳でしかないですよ」
「ウッ。いやでも、不安にならなかった? シノは。恋人と付き合い始める時」
「僕ですか? 僕は………………」
シノは随分長い間考えてから、
「僕は肉体関係から入ったので……」
と、漏らした。
「エッ!? 意外すぎるが!?」
「ただ間違ってもあなたみたいな理由ではないですからね?」
「あっハイ」
仲間だ、という視線を送ったら、先にバッサリと否定された。和真は再び縮こまって、それから再び尋ねる。
「じゃあ、シノは全然不安とかないの? 付き合う前とか、付き合った後とか」
「逆にお聞きしますけど、あなたは何が不安なんです?」
「え? や、だって、ホラ……」
その続きの言葉が出なくて、和真は首を傾げた。はたして、自分が抱えているこの不安の正体は何なのだろう。シノは何も言わないので、いつものように言語化を待っているに違いない。それでも和真は、ウーンウーンと唸っていた。
「……俺なんかでいいのか、みたいな気持ちもあるけど……でも、薫さんに俺のダメなとこ伝えたけど、その上でだから、いいんだろうしなあ……」
「納得がいっていない、と?」
「いや、俺が納得してなかったら薫さんに言ったことが台無しになっちゃうじゃん? だから、俺の昔のことは昔のことで置いといて、それもひっくるめて好きでいてくれるから告白してくれたんだと思ってるよ? 思ってるんだけど……」
「だけど?」
「…………ウーン!」
リンの時と違って、考えても思い当たる節が無い。確かに嬉しい。けれど、どうしようもなく不安なのだ。
「なんで……これまで全然そんなそぶり見せてなかったのに、急に告白してきたのか、とか……ちょっとびっくりしたのもあるけど……。いやでも、それが不安の原因ではないと思うんだよな。こう……腹の底っていうか……背中の後ろからくるような、なんか……すごい不安でさ」
「……なるほど」
「えっ、今のになんか「なるほど」要素あった?!」
「まあ、和真さんには不安の理由が「わからない」ということがわかりましたね」
「それ何にもわかってないってことじゃないの!?」
和真が思わず大声を出すと、シノは落ち着いた様子で首を振った。
「いいえ。わからない、と、わからないということがわかった、という状態は全く違うんですよ、和真さん」
「そ、そうなの……?」
「何も考えていないから漠然とわからないと言っている人と、考えた結果わからないと言っている人では対処が違うんです。前者はまず考えてみると答えが見つかるかもしれないし、後者は考える以外のアプローチを試した方がいい。こと、それが感情にまつわるものであれば、問題はあなたが思っているよりも根深くて隠れた場所にあるかもしれませんから」
「……それって、……つまり?」
「一朝一夕で解決するようなことじゃないから諦めろってことです」
「そ、そんなあ! シノ様冷たい! いつもみたいに的確なアドバイス下さいよ~~!」
和真が泣きそうになりながら縋りついたけれど、シノはひとつ溜息を吐いて首を振った。
「あなたにもわからないものに対して、僕が何を言っても仕方ないでしょう。的外れになって混乱させてもいけませんし」
「でもぉ」
「ひとつ言えるのは、あなたの不安はぐちゃぐちゃに絡まった糸のようなもの、その奥に存在するかもしれない、ということですね」
「絡まった、糸?」
そう言われて、和真は想像してみた。小学生の家庭科の時間、裁縫をする機会が有ったものだ。そこで和真は長ーーい距離を縫えるようにと、手縫い針にそれは長ーーい糸を付けたのだった。結果は、御想像の通りである。
「糸が絡まった時、無理に引っ張っても直らないどころか、よりひどくなるのってイメージつきます?」
「あー、わかるわかる。なんか絡まってるだけで本当はしょうもない巻き付きかたしてるだけなんだよな、あれ。そーっと解していけば直るけど……でもぶった切ったほうが早かったりして」
「そういうことです」
シノが大きく頷いた。
「ぶった切れるほど人の心は強くないですから、慎重に時間をかけて解すほうがいいんですけどね。和真さんの不安の正体を確かめるのに付き合ってもいいですが、今回はいかんせん時間が無いんですよ」
「時間が無い??」
和真が首を傾げると、シノがずいと顔を寄せて問う。
「和真さん、あなたが仮に薫さんに告白をして。数日考えさせてほしいと言われたらどうなります?」
「エッ! 返事が来るまでなんも手につかない!」
「それが数日どころか一週間も音沙汰無かったらどう思います?」
「引かれたとか嫌われたとか思って泣いちゃう! そんで薫さんのことは諦めた方がいいとか考えたり……すごい気まずいから引っ越しも検討するかも……」
そこまで言って、和真はハッと青褪めた。
それはつまり。今、薫が置かれている状況である。
「や、やばい! 確かに時間無い! 早く返事してあげないと、薫さんにこんな思いさせんのヤダ!」
「わかったら、まずはさっき僕に言ったこと、全部薫さんに打ち明けてはどうですか。あなたが好きになった人なんです。それを怒ったり否定したりなどしないでしょう?」
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