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除夜の鐘をつく前に…①
「…で?そのまま来たのかよ」
「うん…ちょっと寝てから来ました。後は、千輝さんと暁斗に販売してもらうんです」
「ふーん…じゃあ今日は店頭販売だけなんだな。その、塩のなんとかってやつ美味いのか?」
「クラムチャウダーのパイと、塩キャラメルのバターサンドです。SNS映えを意識して作ったけど、味も美味しいですよ。千輝さんからもOK貰ったし…今日はそれだけを販売してます」
今日の大晦日は、店の周りは人混みでごった返すのが毎年恒例だ。そのため、どこの店も通常のように、店の中で食事をしてもらうのではなく、店頭販売だけに切り替えている。
千輝のカフェも同様で、店頭販売をすることになった。この時期、この辺に来る客はみんな食べ歩きや、お土産を買うのが目的だという。そのための店頭販売だった。
昨日、深夜から今朝にかけてキッチン担当の簾とスタッフは大量にクラムチャウダーパイとバターサンドを作り、臨時バイトの人達でSNS映えするような可愛らしいラッピングをしてくれた。
その臨時バイトに以前『ダブルデート』で一緒になった空もいた。あの時は、大人しいタイプだと思っていた空だが、バイトに入るとテキパキと動き、結構活発的だとわかった。それも、意外だなと空を見ていた簾に「簾くん、手が止まってるから!」と空に叱咤される程だ。
キッチンスタッフと、ラッピングするバイトが準備出来た頃、販売担当の千輝と暁斗が出勤したので、バトンタッチして簾は帰りその後、ちょっと寝てから十和田とツーリングに来ていた。
大晦日の海は、サーファー達がたくさんいる。寒い中でも元気に波乗りをしていた。
「それで、お前の方はどうなんだよ」
海岸の塀に座りながら十和田に聞かれた。
簾のやりたい事を、十和田なりに心配してくれているのがわかる。
「来年早々からネット販売でスタートさせます。長谷川さんとこのラディッシュとか、後は…フルーツとかですね。どこの農家さんも、漬物とかドライフルーツとかにして、工夫してるからそれもまとめて販売する感じです」
「個人で販売するのは限度があるもんな。間に入ってやれば助かるだろうよ。まぁ、頑張れ」
そう言って十和田は笑いながら、簾の頭を乱暴にぐりぐりとする。子供扱いされているような感じもするが、兄に褒められている気もするので嬉しかった。
「大誠さんは?どうなんですか?」
「ん?俺か?変わらない。あっ、そうだ。小説以外に連載が始まるんだ」
「連載?」
「うーん…何だかよくわかんねぇけどよ。この前、加賀との合作あったろ?その時の文章が俺らしくなくて、ウケたらしいんだよ。だから、エッセイみたいな感じで来年から連載するんだとよ」
ごろんと十和田は寝っ転がる。つられて簾も一緒に海岸の塀に寝っ転がった。
大晦日の空は快晴。風もないので、冬だけど暖かく感じる。このまま寝ることが出来そうだ。今朝は早くから仕事をしたから、やっぱりまだ寝不足だったかもと、うつらうつらする。
「よし、じゃあ酒屋に寄ってから千輝のとこ行くか。ほら、起きろ」
少しして十和田に起こされ、バイクで酒屋に行く。お目当ては、アイスワインだ。
◇ ◇
「何本か買い置きしようかな…」
十和田の知り合いの酒屋に行くと、アイスワインが数本用意されていた。暁斗もアイスワインは好きなので、簾は買い置きしておこうかと思っていたから、つい口から独り言が溢れていた。
「おっ?簾くんも大人になったか?アイスワインを遊びで使うのか?」
ニヤニヤと笑い、十和田が簾を揶揄う。
「この前、大誠さんがコレ飲んだらすごいことになるって言ってたじゃないですか。俺もそれわかったよ?だから、買い置きしておこうかなって思ってて…」
揶揄われたから、むきになって言い返した。俺だって同じように出来るんだからと…でも、言えばいうほど、空回りして、自分の幼さが浮き彫りになるのを感じる。
「いやいや…そうじゃない。いいか、簾。アイスワインは買ってきたぞと、視覚に訴えるのが効果的なんだ。何本もまとめて買い溜めして、家にあったら日常になっちまうだろ?これを買ってきたぞって見せると、相手が何となくソワソワするんだよ。それを見るのがいいんじゃないか。お前も少し大人になって観察しろよ」
「うわーっ…なんかずるい大人って感じ。それにさ、何かエロいんですよ。大誠さんが言うことは」
ダメ出しされたので、口を尖らせて簾が言ってもニヤニヤと十和田は笑うだけだ。
アイスワインは、特別だと相手に潜在意識として植え付けるなんて、ずるい大人のやり方に決まってる。しかも、日常では見せないものとして植え付けさせるなんて。
「あはは。ずるい大人か…そりゃそうか。でも、エロ目的以外で何に使うんだよコレ。甘くてデザートなんだぜ?だったら、そりゃ…エロだろうよ。お前に使いこなせるのか?」
ムッとしていると、大きな声を上げて笑われた。結局、十和田には勝てない。
何故か十和田の前ではクールに振る舞うことが出来ず、素の自分が出てしまう。
だから、どうしても子供っぽい受け答えになっているのは、自分でもわかっていた。だけどこんな時にも感じる、背伸びをしない会話に付き合ってくれる十和田はやっぱり兄のようだと。
「わかったわかった。だからいいか?アイスワインは常に一本づつ買う。買い溜めはするなよ?で、コレを見せた時の反応を楽しむ。その後は、コレを飲むまで向こうもソワソワしてるから、その間ずっとかわいいなって思って眺めてるんだよ。最後に飲ませたら、デレデレに可愛がれ」
「デレデレに…?」
「そうだ。思いっきり、可愛がれ」
酒屋の中で十和田から延々とアドバイスをもらうと、店の店主やその場にいた客も話に参加してきた。ここの酒屋の店主もツーリング仲間なので知り合いだ。
十和田のアイスワインの持論を皆聞いて、笑っている。ここにいる大人はみんな、余裕があるような態度だ。早く大人になってみんなに追いつきたいと簾は思っていた。
「じゃあ、俺はこれにしよっと…簾は?買ってやろうか?」
「俺はコレにします。いいよ、自分で買うから。買ってもらったら意味なくなるじゃないですか」
「だよなぁ…つうか、お前、相手いるの?誰だよ、ちゃんと俺に紹介しろよな」
そのうちねと言葉を濁した。十和田は千輝しか見えていないので、簾が暁斗を想っている気持ちは近くで見ていても、わからないのだろう。
◇ ◇
アイスワインを買って、カフェに到着した。店頭販売は終了していたので、どうしたのだろうと思い、店の中に入り暁斗と千輝の姿を確認した。
「千輝!」
真っ先に十和田が入り、千輝を抱きしめている。以前まで、店でハグをされるのも恥ずかしがっていた千輝だが、最近はそれも慣れてきたようで、千輝からもハグを返していた。ここにいる皆、それが普通の光景であり、特別違和感もない。
「千輝さん、店頭販売どうしたの?」
心配して簾が千輝に聞く。あと数時間は、店頭販売をしているだろうと思っていた。少し早く到着して手伝う予定だった。
「それがさ、あっという間に完売しちゃったんだよね。すっごいんだよ、飛ぶように売れるってあんなことなんだって思った。ね、暁斗くん」
「そうそう、俺と千輝さんでヒィヒィ言いながら売ったんだよ」
千輝と暁斗は興奮気味に喋っていた。二人共楽しそうにしているのを見てホッとした。
販売した商品は、あっという間に売り切れたので残ってしまうよりずっといいが、足りなかったなと、二人でずっと考えていたようだ。
明日の元旦、店は休みとなる。だが、1月2日と3日は引き続き店頭販売のみを予定していた。ここはもう一度作戦練り直しだ。
クラムチャウダーパイも、塩キャラメルのバターサンドも今日の倍以上作ることにした。多くの人に買ってもらって、嬉しい悲鳴を上げよう!と、元気よく暁斗が叫んでいる。
「そうか、よかったな千輝。あっ、そうだコレ買ってきたぞ。アイスワイン。明日休みだから飲もうな」
十和田がアイスワインを千輝に渡した。千輝は、やった!と喜び、明日は休みなので飲めると言っている。
簾は、千輝の反応をチラッと見て確認した。嬉しいと言いつつも、確かにちょっと恥ずかしそうにしている気もする。さっきの十和田の話を聞いたからそう見えるのかもしれない。なんて、色々と考えていたから、十和田と目が合った。目が合った十和田は、深く頷いていた。『だろ?』と心の中で言っているのがよくわかる。
「あ、そうだ。俺も、暁斗…アイスワイン買ってきたぞ」
簾が暁斗にアイスワインを手渡した。暁斗も千輝と同じく、やった!と喜んでいる。今日の夜、飲もうぜと暁斗に伝えた。
俺アイスワイン好きなんだよねと、暁斗は笑顔で言うが、一瞬動きが止まっていた。多分、この前のことを思い出したんだろう。これが、視覚に訴えるということかと、暁斗の仕草を見失わないように注意深く観察した。なるほど、悔しいけど十和田の言う通りだと感じる。喜んで、少し恥ずかしがっているような暁斗はかわいい。
千輝も暁斗も、喜びながらもソワソワとしているのがわかった。わかりやすい。
その隣で、十和田が難しい顔で、簾を見ていた。何か言いたそうな顔をしている。
「お前さ…」と十和田は簾に話しかけたので、簾は何も言わずに笑いながら頷いた。簾の相手は暁斗だと、やっと十和田に伝わったのだろう。
「何?大誠さんどうしたの?難しい顔して」
千輝が心配になったようで、首を傾げながら十和田に尋ねている。
「いや…なんでもない。うーん…いや…あっそうだ!今日は早く帰れるのか?もうこのまま店は終わりにする?」
十和田は慌てて何とか話題をすり替えていた。ずるい大人を少し見返してやったと、簾は密かに笑っていた。
「そうですね!今日は大晦日だし、このまま終わりにしましょう。暁斗くん、簾くん色々ありがとう。また来年よろしくお願いします。とりあえず、明後日からだね」
「了解!明後日からまた頑張ろう。千輝さん、また来年よろしくお願いします」
店では特に片付けをすることもなかった。千輝と暁斗がやり終えてくれていたのだろう。バイクで迎えに来る二人を待っていてくれていたようだ。
簾が暁斗をバイクの後ろに乗せて走らせた。その後ろを十和田のバイクも追いかけるように走り始める。ツーリングではいつも十和田の後ろを走っているので、十和田の前を走るのは珍しい。それに、後ろから十和田に見られるのは、少しくすぐったい。
店を出て一つ目の交差点で、簾のバイクは右折するが、十和田はそのまま直進する。
簾のバイクはハザードを出し、後ろに乗ってる暁斗も手を振って合図を送る。
それを見た千輝も手を振って合図をしていた。
12月の空気は冷たいが、キンとして澄んでいる。今年は一年があっという間に終わったと感じる。今日が大晦日だとは信じられない程だ。
いつになく充実した年だったと、家までの帰り道に簾は考えながら運転をしていた。
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