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第6話

「ですから、デビューまでは此処で一緒に暮らしてもらいます」  潤が昨夜提案してきた事柄を目覚めたキミに話すが、すんなりと頷いてもらえそうには……無かった。 「だから、何でそうなんの?マジ、わけわかんねぇんだけど!」  「これは代表の綾野が決めた事であり、従って頂きます」  「絶対、嫌だね!」  「では何故、嫌なんですか?理由をお聞かせ下さい」  そこまで話すとキミはプッと噴出し  「それ!それだよ!先ず直樹クンのその喋り方が嫌。これから一緒にいる間中、その敬語聞かされんのかと思ったら虫唾が走っちまいそう。あと……オレは今までずっとひとりで暮らしてきた。今更、誰かと一緒になんて無理、無理!」  そう言って今度は呆れたように掌をヒラヒラとさせるキミ。だが、ここで引き下がるわけにはいかない。  「じゃあ、悠くんこれならどう?俺の立場として代表からの言葉は絶対なわけ。あと、悠くんをデビューさせるにはキミの身辺整理とかも含めてクリアにしなきゃならない事が山ほどある。その他にボイスとレーニンや挨拶回り、どんなコンセプトでキミを売り出していくか?とか、頭が痛くなるくらいの事が待ってるわけ。悠くんと俺に残されたのは、たったの三ヶ月だ。その限られた時間の中で、それをこなさなきゃならない。それには俺のサポートが必要不可欠だし、悠くんが好き勝手出来る時間なんてないんだ。それも含めて契約書が交わされてしまってる現状では、頑張るしかないだろ?悠くんと俺とで代表や悠くんのバンドメンバーを見返してやらないか?悠くんと俺となら出来ると思うんだ……どう?」  敬語は一切止めて、最後は少しキミを煽るように提案してみる。それが正解だったのか、それともキミは案外負けず嫌いな性分なのか……  「直樹クンがそこまで言うんなら……やってやるよ!」  あれほど嫌がっていたキミが俺の提案に乗ってきた。  「じゃ、二人でやれるだけの事はやってやろう。で、代表も別れたメンバーも見返して……そうだな、一年後にはCMやドラマにキミの歌が使用されるくらいになってやろう……な?」  そう言って笑いかけると「おう」とキミは返事を返してくれたが、少し不安げに下げられた眉が可愛く感じた。  キミといると俺は……死について考える時間もない。だって、そうだろ?余命を告げられている俺が、こんな未来の話をキミとしているんだ。死と一番かけ離れた未来についてを。キミは……残された俺の時間に一瞬の輝きをもたらせる為に俺の前に現れたのか?そんな事を考えてしまう俺は……馬鹿なのかもしれないが。  少なくとも、キミとこうして話していると俺は生を感じられる。キミの為に生きたいと。それが俺の活力になったのだろう。楽しいや幸せと言う感情を遠ざけて生きてきた俺にとって、キミと過ごす時間はとても新鮮で。生きていると言う実感を持たせてくれた。  先ず、キミと俺が始めた事はボイトレと筋トレだった。潤から連絡のあった講師からレッスンを受けるキミは「オレ、歌えんのにこれする必要あんの?」と文句ばかり言っていたが、自己流の出鱈目な発声ではいずれ喉を潰してしまう。悠くんの声は男性からすると少し高めのキーになる。なら、なおのこときちんとした発声で歌う事が必要だ。喉を柔らかくし、正しい発声。それには姿勢も大切で。  少し猫背なキミ。柔軟な筋肉を身に着けることで姿勢を正せるし、そ音楽で勝負するとは言え、このご時世ルックスも大切だから、美しい立ち姿は衣装の着こなしにも変化が生じてくる。それと同時に正しい発声に必要な筋肉も鍛えられるのだと、ジムで専属のコーチにキミが泣き言を零す度、俺は叱咤激励をした。  夜には楽曲作りをするキミの隣で俺は書類などの雑事を片付けをする。なかなか代表や担当ディレクターからOKが出ないキミは苛つきながらも、何度もメロディを書き留めては頭を振っていた。俺の住む部屋は防音処置も施されているから大丈夫だよと告げても、キミは「マジ?ホントにいいの?後から文句とかこねぇ?」って何度も訊いてくるから、それが可笑しくって笑えば、「オレの住んでたとこはそうだったの!」と不貞腐れてしまうキミ。  そんなキミが……とてもいじらしくて。俺の胸の中に温かなものが流れ込む。キミが俺をどう捉えているのか知りえないけれど、時々、音楽について意見を問われると何故か嬉しくて、学生時代に仕入れた知識をキミに話す。  「やっぱ、ストラトキャスターじゃダメかなぁ?こう、もっと音に深みがねぇと……。前のバンドとはカラーを変えるんだろ?この間、新しいメンバーとセッションしてみたんだけど……なんか、この音じゃねぇような気がしてさ。直樹クンはどう思う?」  「そうだな……俺もそれは感じた。じゃ、変えてみる?例えばレスポールとか?ストラトキャスターより、芯があるし、甘い感じにはなるんじゃないか?」  「だよな……けど……」  そう言って手にしたストラトキャスターを見つめ、黙ってしまうキミ。そんなキミに如何していいのかわからず、俺も黙っていれば  「これさ……母ちゃんの形見みたいなもんなんだ」  そう言って、キミの過去を俺に話してくれた。  「デビューすることになってんだ……多分、オレのことは調べてるだろうから知ってるとは思うけど……オレの母ちゃん、ホントろくでもねぇ母ちゃんでさ。オレ、父ちゃんの顔も知んねえの。生まれて直ぐ親戚ん家を盥回しにされて育ったし。でも……コイツだけは母ちゃんが守ってくれたんだよな。だから、出来ればコイツでデビューしたいんだ。バカだろ?母ちゃんには散々な目に遭わされてたって言うのにさ。それでも・・・オレにとっちゃ母ちゃんはやっぱ大切で……」  資料として、キミの生い立ちは知っていたが、キミが大切にしているストラトキャスターにそんな思い出があったとは。もしかすると……その思い出と背中の傷跡の関係があるのか?今なら……キミの担当者としての立場なら、訊いてもいいのだろうか?俺は迷ったが今、訊かなければいけないと判断した。  「もしかして、背中の傷と関係があるのか?」  俺の言葉に一瞬、キミは目を見開いた後、不意を突かれたのか、それとも覚悟をしていたのか、どちらとも取れるような表情浮かべ  「知ってたんだ……」  そう呟いてから話を始めるキミ。  「あの夜……見た?それとも、一緒に暮らし始めてから?」  「キミに初めて会った夜に見た。魘されて酷い汗をかいていたから体を拭こうとした時に……ごめん」  「そっか……その時、オレ何か言った?」  「ああ。『オレの羽はアイツらにもがれて無くしちまった』と言ってた」  「そう……」  「今まで黙っていてすまない」  「あ……うん。直樹クンは気にしなくていいって。オレが悪ぃんだからさ。前にも話したけど、オレ……PTSDでさ。その原因は母ちゃん。ヤバい男と付き合ってた母ちゃんを助けに行った時、刃物で切られちまって。それが背中の傷跡。母ちゃんは借金の形にどっか連れて行かれちまった。もう生きてねぇかも……。警察から何の連絡も来ねぇまま、もう二年になるし。何がきっかけになんのかオレにもわかんねぇんだけど、時々……発見された場所に行っちまうみたいでさ。朝方、蹲ってんのに気づいて驚いたことが何度かあって。けど……あの夜みたいに誰かが助けてくれたのは初めてで。直樹クン……オレの方こそ、ごめん……今まで話せなくて」  やっと、キミが重い口を開いて話してくれた過去は壮絶で。俺は何と声をかければいいのかわかららず、黙っていると誤解を招いてしまったのか  「こんなオレじゃ……デビューなんて無理なんじゃね?」  そう訊いてきて。更に俺の唇は動かなくなってしまった。確かに……そうかもしれない。潤から預かった資料には両親は行方不明としか記されていなかった。  潤はこの事を知っているのだろうか?デビューさせるつもりでいるのなら……知っていて当然だろう。では……何故?資料には記されていないんだ?デビュー後にこの事がマスコミに知れたら?それを武器にキミを売るつもりでいるのか?だとしたら……それはあまりに残酷ではないか?否……それ以上に、リスクを負う事の方が大きいのでは?  潤の真意が掴めない。潤は一体、如何したいのだ?俺の頭の中で様々なパターン想定してみるが、どれも釈然としなくて。その答えを求めるべく、潤に連絡を取った。  『明日、時間を取ってもらえますか?』  理由は敢えて書かず、メールを送信すれば、こんな時間だと言うのに直ぐに返信きた。  『明日とは言わず、今からこれば?今夜は此処に泊まるつもりだから』  『では、今から伺います』  互いに要件のみの短いメールをやり取りし、心配そうにその様子を見ていたキミに「大丈夫だから」とだけ告げ、部屋を出ると車を走らせた。

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