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第8話

  「ただいま……悪い、遅くなった……」  玄関で靴を脱ぎながらリビングに向かって声を掛けてみるがキミからの返事は返ってこず、先に眠ってしまったのか?と思い、寝室のドアを開けてみたが……そこにもキミの姿はなくて。  書斎代わりに使用している、防音設備の整った部屋の扉を開ければキミの大切にしていたストラトキャスターが消えているのを見て、俺は帰ってきたばかりの部屋から飛び出す。きっと、キミは……あの場所にいる。俺はそう信じて夜道を走り出した。  消えてしまったキミを探して、俺は仄暗い夜道の中、点々と燈された街灯の光を頼りに走った。  突然、振り出した雨は俺の背を濡らす。きっと、キミも……あの場所で、この雨に濡れ、震えて蹲っているよな?あの夜のように。ひとりでに早まった足が俺をキミの許へと誘う。  「悠っ!」  キミの姿を捉えた俺はキミの名を叫ぶが、キミには届かない。道の片隅に母親の形見だと話してくれたストラトキャスター抱きしめ、蹲ったまま動こうともしないキミに俺は駆け寄り、震える体を腕に抱きしめた。  「ごめん……大丈夫だから。キミは何も心配しなくていい……不安にならなくっていいんだ」  そう言って、抱きしめた腕に力を込めれば  「オレの羽はアイツらにもがれて無くなってしまった……」  ……と、抱きしめた腕の中で意識を手放したキミに  「俺がキミの羽になる。キミをもう一度、羽ばたかせてあげるから。今は何も考えなくっていい……ゆっくり休めばいい……俺がキミを守るから」  届かないと知りつつも俺はキミに囁いた。    キミをなんとか自宅に連れ帰ったはいいが、雨に濡れ冷え切った体は一向に温まらなくて。濡れた服を脱がせ体を拭き、ベッドにキミを横たえさせたものの、ブランケットに包ませてもガタガタと肩を震わせたままのキミ。熱いシャワーでも浴びれば……と考えたが、意識のない状態ではそれも難しい。俺は一瞬、躊躇ったが……身に着けていた服を脱ぎ、ブランケット中で震えるキミを抱きしめた。少しでもキミを温めたくて。  俺の体温が少しずつ、キミに流れて行く。ガチガチと音を鳴らしていたキミの唇から寝息が聞こえてくると、俺も安心したのか意識を夢の中に飛ばした。  キミの白くて細い腕が俺にゆっくりと伸び、キミの唇に俺の唇を誘う。俺はキミに誘われるまま、キミの唇に俺の唇を重ねた。触れ合うだけの優しいキス。けれど、そのキスはとても甘くて。  直ぐに離れたキミの唇は、更に深いキスを求め薄っすらと開かれ、俺は吸い込まれるようにキミの唇にもう一度、俺の唇を重ねれば砂糖菓子のように甘い吐息がキミの唇から零れ、俺はキミから挿し込まれた舌を俺の腔内に甘受する。絡めとったキミの少しザラついた舌を吸い上げれば、キミの体がピクリと跳ね、愛しさが募った。  何故?自分でも……わからない。ただ、俺の行為によって跳ねるキミの体が……吐かれる甘い吐息が愛しくて。抱きたいと思った。  男を抱いた事等、一度もない。ましてや、同性を愛したことも。  なのに……何故?ああ……そうか、俺は……今、夢を見てるんだ。だからキミも……俺を求めてるんだよ……な?  なら……キミを抱いてもいいだろうか?夢の中なら……キミを求めても。  俺は重ねた唇を離すと、キミの滑らかな肌の上に唇を這わせ、首筋から鎖骨に一つずつ、この俺の胸中を埋める愛しさを刻むようにキスを落していく。胸の飾りに唇が辿り着けば、キミの唇から艶めいた声。その声を楽しみながら、綺麗な腹筋を舌でなぞり乍らキミの下腹部に顔を埋めれば、キミの唇から「ヤダ・・・」とくぐもった声で拒否されたが、咥えたキミのソレに舌を絡めて吸上げれば、言葉とは裏腹に俺の頭に添えられていたキミの指に力が入り、俺を求めるように腰を振るキミが本当に愛しくて。  キミが俺の咥内で弾けるまで、俺はディープスロートを繰り返した。喉奥にキミからの熱い迸りを受け、カルキに似た香りと塩味を帯びたモノが広がったが……不思議と嫌な気分にはならなかった。寧ろ、俺の咥内で達したキミが脱力感からか体の緊張を解いたのを感じ取ると愛しさが増し、もっとキミを……と求めてしまう俺。  「ごめん、悠くんが欲しい」  そう呟いて、更にキミの深みへと舌を進めた。  男の俺が男のキミを抱くなんて……歳だって10も下のキミを。しかも、こんな弱ったキミを……抱くなんて赦されない事だ。けれど……キミを求める俺の心も体も、もはや止める事は出来なくて。  うつ伏せにしたキミの双丘に舌を割入れ、俺の唾液で濡れた蕾を解すようにして舌を挿し入れる。  「ぁぁ……あぁっ……んん……っ」  キミの濡れた声に反応した俺の性器が先走りの雫を零し始め、早くキミの中に埋め込みたい衝動に駆らせる。そして俺は……「これは、夢だから……」と自分に都合の良い言い訳を並べ立てて、俺はキミを抱いた。    朝の陽射しだろうか?温かな光が俺を照らしているのを感じる。けれど……体は重く、瞼を開こうと試みてみるが、なんだかこの甘い夢をまだ、見ていたくて。出来る事なら、このまま……ずっと、この夢の中に浸っていたい。だが頭のどこかで、それは叶わぬ事だとわかっている俺がいて。海面を揺らぐ光に導かれ、ゆっくりと海底から浮上するように夢から覚醒すれば……腕の中には安らかに眠るキミ。俺はそのキミの寝顔を見て、はっきりと感じた……愛してると。なのに……キミの柔らかな髪に触れようとして伸ばした指先が震えて、震える指先がこの想いは空しい想いだと俺に知らせた。  俺はキミへの想いを胸の奥底に封印する。俺は……もう、長くはないだろう。昨夜の眩暈に、この指先の震え……医師から改めて説明を受けなくともわかる、脳腫瘍の進行。  キミにこれ以上、辛い想いはさせたくない。キミがPTSDになった原因。それは……キミの中に巣食う孤独と恐怖。そして……罪悪感。  もし、俺がキミにこの想いを告げてしまったら?もし、キミが俺の病気を知ってしまったら?優しいキミは……俺の想いを受け入れてくれるだろ?その優しさがキミを傷つける事になったとしても。そしてキミは……また孤独と恐怖に苛まれ、罪悪感からPTSDを悪化させてしまう。  そんな事は絶対にさせたくない。それだけは絶対に避けたい。だから……この俺の想いは俺の中だけで留めよう。この愛しさでキミを守ろう。キミが本当に安からかに眠れる日が来るまで。  俺は腕の中で眠るキミを起こさぬよう、そっと離れるとガウンを羽織り、寝室を後にした。ウォーターサーバーからコップに水を注ぐが、震える指先のせいで床を汚してしまい情けなくなってしまったが、今の俺には時間がない。薬を飲むだけでこんなにも狼狽えてしまう俺に……残された時間は少ないのだと教えられる。  逸る気持ちを何とか落ち着かせ、処方された薬を数錠口の中に含み喉に落とすと俺は書斎に移動し、PCを開け、まだ震えの止まらない指先でマウスを握り西川のオフィス宛に先日録音したデモテープのフォルダを添付しメール送信した。  直ぐに西川から返信で  『皆に話しは通してある。一週間も必要ないと思う。三日後、連絡するから待ってて』  そう記されてあるのを読み、指先の震えが止まっても、胸の中がざわついたままで。何故かわからないが胸が締め付けらて。気づけば涙が俺の頬を濡らしていた。

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