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2,王様の気まぐれ(攻め視点)

 熱い肉筒に自身を挿し込んだまま、腰を揺らす。パチュパチュと腰を穿てば、愛液が泡立つ淫らな音が室内にこだまする。 「ひ———、・・・・・・ンぐっ!」  少し強引に奥に押し込んだので、苦悶の悲鳴が上がった。  苦しそうに胸を喘がせるオメガ——新しいクイーンを見下ろし、どぷりと胎内で欲を放った。 「お前さ、もうちょっと愛想よくしろよな」  そう言うと恐ろしい形相で睨まれる。可愛い顔が台無しだ。 「うるさい、終わったなら早く抜け!!」  ほんとに中身は生意気でじゃじゃ馬にもほどがある。  そこのとこが、嫌いじゃないけれど。 「はいはい」  クラウンのキングこと殿坂柊生は適当に返事をかえし、響の腰を持ち上げて自身の性器を引き抜き、立ち上がった。  制服を整えてベルトを締めていると、ジッと視線を感じて振り返る。ハッとしたように目を逸らされたが、明らかに見られていたとわかる。呪いでもかけられていたのかもしれない。 「なに、もっかいしたかったの?」 「違っ! そんなわけないだろっ!」  抗う姿に目を細め、殿坂は響に近寄った。  見るからに身体をこわばらせ、響はうなじを押さえて縮こまる。 「昨日、他のやつらに何回ヤラれた?」  近づきすぎないよう立ち止まり聞くと、わずかに緊張が解け、目が泳いだ。 「わかんない・・・・・・いっぱい」 「だから言ってんだろ。可愛い笑顔を振り撒いとけば、少しはマシになるかもな」 「そう言われても、無理」  ———だろうな。  殿坂は溜息をつく。  とはいえ俺もこの可哀想なオメガを抱いている一人。偉そうなことはあまり言えない。  ———でも。  なんなんだろうな。コイツは。  これまで数多くのオメガを相手にしてきたけれど、男女問わず、こんなに強気なやつははじめてだ。  初日に連れてきた日からそうだった。素直に身体を差し出したわりには、強気な態度は変わらなかった。  オメガっていうのは、もっと・・・・・・こう。弱々しくて怯えてるイメージで、もしくは、開き直って媚びてくるかのどちらかしかなかったのに。  たしかにコイツも俺がそばに寄れば、ライオンに睨まれたかのように怯えはするけど、芯があるっつーのかな、根っこではアルファに屈していないのが伝わる。  屈するもんかって声が聞こえてくるようだ。 「・・・・・・フっ」  だからだな、意地でも屈服させたくなるのは。じっくりとアルファとオメガの抗えない関係性を叩き込んでやる。 「なんだよ。もうしないなら俺は帰るから」  ツンとそっぽを向いて足早に帰っていった響を無言で見送り、しばらくすると入れ替わりでクラウンのメンバーがぞろぞろと戻ってきた。   「ありゃ? 響ちゃん来てたの?」  室内の行為の残骸を見つけて、ルークの風間悠人が廊下を確認しにいく。「ああ」と返事をすると、つまんなそうに肩をすくめた。 「誘ってよ」 「いつも言ってんだろ。誘わねーよ」  誰か一人を誘ったつもりでも、集団で囲う犯し方を好む彼らは、寄ってたかってオメガに群がる。まるでハイエナだ。  そんなヤリ方をしていたら、またオメガが壊れてしまう。・・・・・・あのひとみたいに。  この学園にオメガが入学すれば、決まってアルファの餌食になる。教師からも黙認され、創設当初から伝わる悪しき伝統。  精神を病まずに、無事に卒業できたオメガは数少ない。  それでも誰も意義を唱えないのは、アルファ社会の縮図のような学園では困る者がいないからだ。たった独りで放り込まれてしまったオメガを除いて。  アルファは常に人々の上に立ち、オメガは常にもっとも下に在るべきだと、教師を含めたすべての生徒が思っている。  けれどクイーンという名前を与えられたオメガは、何をもって女王と言われる?  思うところは、オメガの発情フェロモンか。  上手くすればアルファはオメガに逆らえなくなる。  虐げるのは勝手だが、オメガだからといって、痛い目をみないといいけどな。  とくに響は・・・・・・、簡単に折れそうにない彼においては。 「でもさ、響ちゃんってヒートまだなんでしょ。ヒートがくる前から、男の味を覚えてたなんて淫乱すぎ。それなのに感じてないぞ! って強がってる姿がたまんないよね。やば、話してたらヤりたくなってきちゃったよ~」 「まだ言ってんのかよ。昨日めちゃくちゃに抱いたんだろ? 少しはあいつの身体のことも考えてやれ」  しつこい風間に殿坂は眉を吊り上げた。 「どうしたんですか? オメガを庇うなんて珍しい」  ビショップの加賀美恒平がテーブルに腰掛け、ゆるやかに足を組み直しながら首を傾げる。 「そんなんじゃない」 「なになに、面白いことなら俺も誘ってよ」  ナイトの樫木田蒼も会話に割って入ってくる。 「だから、ちげーし、誘わねーって言ってんだろ」  ぶつくさと文句を言う彼らを残し、殿坂は生徒会室を出た。しかし、磨き上げられた廊下の先に蛆のような集団を見つけ、眉根を寄せる。  ったく、ベータのくせして学園の面汚しどもが。  殿坂が見ていたのは栞ノ葉学園の正規の生徒。彼らは、響と同じ特別クラスの女生徒を無理やり空き教室に連れ込もうとしていた。  放っておいてもよいが、殿坂は大股でその場に近づき、拳で「ガンッ!」と壁を強く殴った。 「何やってんだ? みっともないことしてんじゃねぇよ」  最初の威圧が効いたのか、殿坂の姿を認めた全員が凍りついた顔をする。 「わかったなら、さっさといなくなれゴミカスども」  そう吐き捨てると、彼らはヒュと喉を鳴らし、蜘蛛の子を散らすようにして一人残らず逃げ出した。すると後ろから「おみごと」という声と拍手の音がした。 「あ?」  振り返ってみると、見たくない顔に出会い、殿坂は「ちっ」と視線を逸らす。 「ひどい反応だな」 「兄貴・・・・・・!」  そこにいたのは兄の殿坂黎一 (とのさか れいいち)。学園の卒業生で、政界の重鎮である父の生写しのごとくアルファ然とした男だ。 「何しにきたんだよ」  どうせ父親に言われて、自分の素行を見にきたんだろうと睨みつけるが、兄はこちらを見ておらず窓の外へ視線をやっていた。  何を見ているのか気になるが、窓のサッシが邪魔になって見えない。 「(じゅん)のお見舞いの帰りに、ちょっと寄ってみただけさ」  黎一は軽い口調で言った。 「ほんとかよ」  頭を掻き、殿坂は舌打ちをする。 「信じなくてもいいけど、そういえば・・・・・・新しいクイーンが入ったみたいだね?」 「どこで聞いたんだよ」 「皆んなが噂してるよ。とても美しくて上等な男オメガだって。俺も一度お目にかかってみたいね」  黎一の発言に思わず、手が出てしまった。兄のシャツを掴み上げ、声を低くしてうなる。 「・・・・・・誰が見せるかよ。絶対に兄貴にはな」  そんな弟の態度を愉しむように、黎一は目を細めた。 「ふふ、怖い怖い。べつに柊生の許可なんか必要ないんだけどね。今日のところはやめとくよ」  たまらず、ぎりっと唇を噛む。 「いつ来ても、絶対に会わせない」 「おや、どうしてそこまで頑なに拒むのかな?」  ———どうしたもこうしたもないだろう。  兄の黎一こそが、前代のクイーンを壊した張本人なのだ。二人は同級生で、当時のキングとクイーン。そして恋人同士だった。幾度も自宅に招き、クイーンの姿を目にした。殿坂は彼らの仲睦まじい姿を鮮明に記憶に残している。  しかし入学してから知った話に我が兄ながら戦慄した。  前代クイーンは恋人である黎一のためならと、在学中、我慢して他のアルファにも抱かれていた。心の底では恋人以外に抱かれるたびに傷つき、そのことを黎一も理解していたはず。  それなのに・・・・・・。  黎一は将来の出世のツテを増やすために、顔の良かった恋人を金持ちアルファの男たちに回させたと聞く。  学園の生徒だけに飽きたらず、たくさんの心無いアルファに身体をぐちゃぐちゃに使われ、前代クイーンは精神を病んでしまった。  とくべつ、そのオメガに肩入れする気はない。だが気品に溢れた見目麗しいオメガだった彼の、地に堕ちたような姿があまりにも残酷で、どうしても頭から離れなかったのだ。 「純さんのようにはさせない。兄貴みたいなくそアルファには死んでも渡さない」  兄を睨みつけ、胸ぐらを掴んだ手に力を込める。 「そう言うけど自分もアルファでしょ? 柊生だって同じじゃないの? いいようにオメガを扱ってるんだから」 「・・・・・・ッ、それは」 「まあ、いいよ。そろそろ離してくれる?」  先ほど響を抱いていた自分のことを思い出し、殿坂は何も言えなくなった。  兄への憎悪は消えないが、アルファとして否定はできない。  殿坂は力を無くして手を離す。黎一は「あーあ、シャツがよれよれになった」と胸元をただすと、うつむいた弟にひらひらと手を振り、「また来るよ」と背を向けて帰っていった。  その瞬間ふと、窓の外が気になった。  先ほど兄は何を見ていたのか———。 「あ、響・・・・・・」  窓の外を覗くと、外注で雇われた用務員と話をしながら、響が中庭の花壇に水をやっていた。  外から来た者どうし気負わずに話ができるのか、響は楽しそうに笑っている。自分といるあいだは決して笑わない響が、・・・・・・笑顔を見せている。 「何がしたいんだよ、俺は」  ぽつりと呟いたとき、別の人物が視界の端に入った。 「・・・・・・東城?」  東城は社会科系の選択科目の教師で、担任しているクラスは一年、殿坂とはほとんど関わりがない。  その東城が、通りがかった途中なのだろうか、中庭に出るためのガラス戸の手前で立ち止まり、ガラス越しに響を見つめている。  ———なに、やってんだ・・・・・・?  とたん、ザワザワと胸が疼いた。  心の中に知らない感情がぽとんと生まれ落ちた気がする。  響を見つめる東城の瞳には、あってはならない熱が篭っている。アルファとしての本能がそうさせるのかわからないけれど、響を「取られたくない」という強い意志が胸の中で渦巻きだしていた。  これまで響がクラウンのメンバーに抱かれていても、いくらも気にならなかったことなのに、・・・・・・この気持ちはなんだろうか。  駄目だ、あいつを見るな。  今すぐ東城の視界を遮って、響の前に立ち塞がってやりたくなるのはどうしてだろう。  それからというもの、東城の動向が気になり、自ずと東城が見つめている響の生活を垣間見ることになる。  殿坂は初日で目を丸くする出来事に出くわした。クラウンに呼ばれた際にはツンツンとつれない態度を取る響だが、中庭で見せた笑顔も、普段は見せないものだったと知ったのだ。  殿坂が目撃したのは移動教室での一幕。特別転入組と本生徒は、同じ時間に授業が被らないようになっている。  しかし時間割によっては、前の時間か後の時間かに響のクラスが入っていることもある。たまたまその日、移動に使う渡り廊下ですれ違う機会があり、殿坂はあのストーカー教師の姿を目で探した。案の定、廊下の角で教科書を持ち、偶然を装った東城の姿を見つけることができた。いっそのこと告発してやろうかと思ったが、響を見つめているのは東城だけではないので言うだけ無駄。  珍しい男オメガであり、なおかつ芸能人顔負けの整った外見。磨かなくてもはっと惹かれる輝きを放つ宝石のようで、華々しさとは別次元の、素朴な綺麗さがある。  モデルを見慣れた本生徒でさえ、一度は足を止めて二度見する。性別に関係なく見惚れてしまう男だ。もっとも本人は自身の外見には無頓着気味で、オメガだから注目を浴びているのだと思っていそうだが。  殿坂は響を変な目で見ているアルファとベータの生徒に睨みを効かせ、東城に対しては遠くから舌打ちをするに留めた。  それ以上近づいたら容赦するつもりはない。けれど不自然なほどに距離を取っているので、響にとっても自分にとっても無害だった。  そのなかで東城の目つきだけは気になった。危ないやつのイカれた目は何度も見たことがある。しかし東城の目の色はそうゆうのではない。響一点を見つめる真剣な瞳に、殿坂が唯一、怯みそうになるのだ。あの目で睨まれたら、さすがの自分もマウントを取られる可能性がある。認めたくはないけれど、威嚇に慎重になっていた。  そこに関してはまた注視していくとして、殿坂は響に視線を戻した。響はクラスの列の最後尾に着き、まるで幽霊みたいに気配を消している。  オメガだからといってクラス内でもいじめられているのだろうか。そう思える光景だった。  どうしたんだろうと、歯噛みしたくなる。自分の知っている響なら、いじめの主犯格にも強く言い返しそうなものなのに。あれではその他大勢のオメガと変わらない。  だが殿坂はがっかりすると共に、もう一つ異なる感情を感じていた。それは「許せない」という思いだった。  誰に出して「許せない」と感じているのか、明確だ。響を悲しませる者すべて。響から、凛とした美しさを奪う者すべてだ。  なぜそう思うかはわからない。  でも思うのだから、仕方がない。そして自分はそのために行使できる様々な力を持っている。力は使うためにあり、やはり最上のアルファたるもの、自分の思った通りに物事が進まないと気が悪い。  この時はまだ自分がそうしたいからという傲慢な思いつき。周囲を威嚇するという行為も、アルファならではのクセで無意識の範疇だった。殿坂が自分の気持ちに気がつくには、もう少しだけ決定的なキッカケが必要だった。  一週間、二週間、東城を通して響を見つめる日々が続いていた。相変わらず東城は、陰からこっそりとストーキングをする以外に響へ近づこうとしない。日が経つにつれ熱っぽい瞳の力強さは増していくため、殿坂は東城の行動に首を捻るばかりだ。  三週目に入ったころ、あることに気がついた。響の匂いである。もともと響のオメガフェロモンは薄い、性行為中もほとんど感じられず、アルファ的な興奮を引き起こされる瞬間はほぼなかった。それが久しぶりにクラウンに呼びつけてみたら、薄らと香る。うなじに顔を寄せると、より濃くフェロモンが匂った。鼻腔を響のフェロモンが充満したとたん、殿坂は一瞬で自身がいきり立ったのがわかり、柄にもなく余裕をなくして響を抱いた。  響は不快感を堪えるように口を閉ざしており、いい声で鳴かせたくて、無表情でいる響に苛立っていた。激しく苛立ちをぶつけ精液を放ったのちに、ハッとした。  自分が響の匂いを感じ取った今日以前の日にも、東城が時折辛そうにマスクを付けている姿を思い出したのだ。外でも室内でもマスク姿でいるので、風邪をこじらせているのかと思っていたけれど、教師である東城は自分と同じアルファだ。アルファならば、オメガである響のフェロモンに敏感だろうと気がついた。  しかし自分と東城との差は何だろう。数日、悶々と考えて、ある答えに行き着いた。  ———もしかして二人は運命の番ではないのか。  都市伝説レベルの可能性だ。アルファの知り合いに相談しようものならアホらしいと笑い飛ばされてしまう。  それでも他にどんな理由が考えられるだろう。もしも運命の番に出逢ったとしたら、その二人は強く惹かれ合い、必ず結ばれる。つまり他人が入る余地はない。  憶測は正しいかもしれないと思ったとき、胸が痛んだことに殿坂は唖然とした。  殿坂はひたすら苛々していた。  物事が上手く進まないことは、はじめての経験なのだ。思い通りにいかない中心人物、斎藤響。あいつのせいで、振り回されている。考えたくもないのに頭に浮かんで、響を怪しい目で見る奴には勝手に威嚇センサーが働いてしまう。  オメガのくせに。アルファである自分が・・・・・・。  ———くそ、苛々する。いったいあいつはなんなんだ。なんで響に対してはこうも感情が荒ぶるのか、殿坂はその答えが知りたかった。  そんな思いもあってか、殿坂は響をクラウンに呼ぶことを躊躇していた。クイーンとして響を使おうとすると、乱雑に絡まった固い針金を飲み込んだみたいに胸が重たくなってちくちくする。  生まれてはじめての感情に悩まされて、おまけに文句をブーブーと垂れるメンバーがいるせいで、先ほどからずっと、額に青筋が立ちっぱなしだ。 「ねぇ柊生、今日も響ちゃん呼ばないの?」  今日に入って五度は聞いたかと思われる質問に、問いかけてきた風間をジロりと睨みつける。 「しつけーよ! 呼ばねぇっていってんだろッ!!」  風間はぷくーと頬を膨らませ、「ちぇ」とソファに寝転がる。 「でももう四週間くらい響ちゃんに会ってないよ? 性欲が溜まりすぎておかしくなっちゃう~」  足をばたつかせて駄々をこねられ、殿坂は我慢ならなくなった。苛立ちに任せて椅子を蹴り上げ、風間を怒鳴りつける。 「ああん? そんなら勝手におかしくなってろよ! くっそ、イライラする」  物にあたるキングに怯え、生徒会室にたむろしていた数人のポーンたちは小さく悲鳴をあげて身をすくめる。それにさえ苛立って睨みつけると、ちょうど同タイミングで樫木田が生徒会室に顔を出した。 「あーあ、また、八つ当たりしてるの?」  風間は樫木田が現れたとたんに一目散に駆け寄り、泣きつく真似をする。    「そうだよぉー、蒼っち、助けて」    わざとらしく滑稽なさまに、またイライラさせられつつも、殿坂はわずかな時間差で顔を出した加賀美の顔を見て口を開いた。 「恒平も一緒だったのか? 二人でどこ行ってたんだよ」 「うん、ちょっと先生のとこにね」 「何しに?」  変わり者ぞろいのクラウンのなかでは比較的とっつきやすい、柔らかい雰囲気をもつ樫木田。学園側から連絡事項があるときは、よく彼を通して伝えられる。  殿坂が首を傾ぐと、樫木田は刷られたばかりのプリントを差し出した。 「ほら、チャリティー祭の話が今日のホームルームであっただろ? だから、ちょっとした打ち合わせ。今年は恒平が展示物を出したいっていうから、そのことも兼ねて一緒に」  ね? と投げかけられ、加賀美がうなずく。 「フゥン、ぜんぜん聞いてなかったわ。もうそんな時期か・・・・・・はやいな」  チャリティー祭とは、俗にいう学園祭だ。  私立栞ノ葉学園では体育祭や修学旅行といった学生生活ならではの行事は行われない。生徒たちの中には芸能事務所に所属し、プライベートを管理されたスターの卵も多く、そういったイベントに参加できない者が一定数いるためだ。  そのような学園生活での唯一の大きなイベントがチャリティー祭。  チャリティーを銘打っているだけあり、祭りで得た収益はどこかの慈善団体に寄付されるのが慣わし。これは世間体を気にする学園側の意向だった。  内容はいっさい決まっておらず、何をしても良い。自由な発想と財力を用いて、毎年思考を凝らした催しが行われている。  目玉であるのが、グラウンドに設置される巨大ステージで行われるパフォーマンス。その司会進行を務めるのが、代々クラウンの役目なのだ。  盛り上がるか盛り上がらないかは、クラウン、ひいてはキングの力量しだいとも言われ、当事者にとっては歴代のキングらと比較される地味に嫌なイベントだった。  しかし、今年は有名画家の息子である加賀美が、歴史に残る偉人たちの美術作品に賞賛と大胆な皮肉を加えたオマージュ作品を展示し販売する。  先日に作品の写真を添えてアップされたばかりの彼のSNSは瞬く間に話題となり、今や加賀美は時の人。  加えて・・・・・・おそらくは。 「ちらっとパソコンを見てきたけど、柊生の家からも多額の寄付があったよ。来賓リストにも名前が上がってた」  ———やっぱりな。  父親はまあ、いいとして。問題は、兄だ。  この前会ったあの調子だと来賓として姿を見せる可能性が濃厚。  ———ちっ・・・・・・。 「あれ、今度は柊生がどっか行くの?」 「うるせーよ、誰も着いてくんな」  すぐさま席を立ったポーンたちをいなし、殿坂は生徒会室を後にした。  向かった場所は響のいる特別教室。時間はホームルームを終えて三十分ほど経っていたが、チャリティー祭の話し合いで居残っているかもしれない。  キングの登場に廊下は騒めく。すべてを無視して突き進み、特別教室まで来てみると、予想したとおりだった。 「おじゃましまーす・・・・・・」  殿坂は堂々と教室を横切り、響の座席の前に立った。 「おい」  横柄な呼び方に響が振り向き、こぼれ落ちそうなほどに目を丸くする。 「な、なに?! 呼び出しはスマホでしてって言ったよね!!」 「あ? どうしようが俺の勝手だろ」  そう言って強引に腕を掴み、響を立たせる。抵抗するそぶりをみせられても、か細い響の腕力なんて屁でもない。引きずるように教室の外へ連れ出し、戸をくぐる直前、黒板の文字がふと目に入って苦虫を噛んだ。  生徒会室に戻ると他のメンバーがいる。  仕方なく誰もいない階段の踊り場を見つけ、その陰に響の身体を放った。  瞬時に響は身体をこわばらせ、腕を前でクロスして組み、身を守る姿勢をとる。  まるで弱々しく意味のない行動に、殿坂は無性に苛立ちが込み上げ、脅すつもりはなかったが、響を壁との間に挟みこむようにして手をついた。 「ヒッ・・・・・・」  小さく悲鳴をあげ、響は涙目でうつむく。 「お前ってさ、なんなの?」  不意に口から湧いて出てきた問いかけに、響が顔を上げてぽかんとする。 「なんなのって、俺はただの男子高校生だよ」  その後、蚊の鳴くような声で付け足された「オメガの」という言葉に、殿坂はなぜか頭を殴られたみたいな衝撃を受けた。  そんなことは知っている。オメガだからクイーンとして引き入られ、オメガだからアルファである自分らに抱かれている。  ここではそれが普通で自然な流れ。だからオメガを犯すという行いが、人間としての価値観からいかに逸脱していようとも決して悪ではない。  けれど普通って、なんでそれが普通になったんだ?  アルファが優秀で偉いからか? オメガが・・・・・・オメガが・・・・・・、オメガだから?  ———なんだその馬鹿げた理論。なんの説明にもなってない。  けれどそれ以外の理由が思いつかなかった。  社会的に作られたオメガのイメージが、その人そのものを食ってしまう。響はオメガだけど、「オメガの響」じゃない。名前よりも先にオメガがくるのは間違ってる。  響はオメガであり、男であり、高校生であり・・・・・・他にも色んな顔を持っているはずだろ。  いい匂いにつられて抱いているなら、ブンブン、ブンブンとうるさい虫同然なのは、やっぱりアルファの方。なのにアルファはさも偉そうに当たり前の顔をして、オメガを抱く。  殿坂の根本を成していたアルファの『常識』に、大きなヒビが入れられた。 「うあーーーーー、もう、んだよッ!! もう、わっけわかんねぇ!」  殿坂が唐突に大声を上げたので、響は猫が跳ねたように肩を震わせる。  ガシガシと派手な金髪を掻き乱し、殿坂は背中を向けた。 「響、さっきは急に押しかけて悪かったな」 「へ・・・・・・う、うん」  素直に謝られるなんて思っていなかったのだろう、響が呆然としている。  しかし自分は謝りにきたのではない。オメガを狙ってたかってくる虫たちから、今まで以上に響を遠ざけなければいけない。遠ざけたい。 「お前はチャリティー祭に出るな」  響が息を呑んだ。 「いいな? もし当日に登校してきたら、生徒会室に閉じ込めるからな」 「嫌だ。なんで、あんたが勝手に決めるの?」  言うことを聞かない響に、ふたたび焦燥に火がつく。  生意気な瞳を見つめると、黒板の文字がよぎった。 「んなこと、どーでもいいだろうが。てゆうか、さっき黒板に書かれてた文字が見えたけど、特別クラスは男版メイド喫茶をやるんだって? お前はアレが着たいわけ? オメガなのにいい趣味してるよ」  最後の一言は余計だった。いいや、ぜんぶが余計だった。  さっきの気づきはなんだったのだ。後悔の念が込み上げたが、一度開いてしまった口は次々と要らない言葉を紡いでいく。 「あーそうか、オメガだからか。注目される格好をして、そんなにアルファに抱かれたいの?」  違う。抱きにいっているのはアルファの方だ。  響を危ない目に合わせたくないだけなのに、真逆のことを言ってしまう。頼むから、口よ止まってくれ。  すると乾いた音が、頬を打った。一秒、間を置いて、じわじわと頬が痛み出す。 「・・・・・・最低」  感情を押し殺した冷たい声が耳に響き、殿坂はようやく口をつぐんだ。  叩かれて当然のことをしたんだと、頭では理解ができても、これまで培ってきてしまった傲慢な性格がそれを許さなかった。  気がつくと、響の胸ぐらを掴み上げ壁に背中を叩きつけていた。 「いッ・・・・・・たい」  響が必死に殿坂の腕を叩く。  襟元が締め上げられ、苦しそうに歪められた顔にハッと我にかえり、殿坂は手を離した。  解放された響は床に崩れ落ち、喉を押さえながら胸を喘がせ、ぽろぽろと両目から大粒の涙を流す。  それでも泣きながら、目だけはしっかりとこちらに向けられ、ぼろぼろになった顔で殿坂を睨みつけていた。  無言でぶつけられる怒りに思わず棒立ちになる。  あれだけ饒舌に侮辱したくせに、とたんに何も言えなくなった。殿坂は響一人を踊り場に置いてけぼりにし、逃げるように階段を駆け降りた・・・・・・。

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