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4,少年の蕾と棘2
「斎藤、まだ残っていたのか?」
ガラリと戸が開いて聞こえた声に、柄にもなく胸が弾む。先生の声にパッと顔を上げ、響は微笑みを見せた。
「はい。でもあと少しで終わります。この段ボールを捨てに行ったらおしまいかな」
「そうか、おつかれさま。・・・・・・って、それをぜんぶ下まで持っていくのか?」
床に積まれた段ボールの山を見て、東城はおもむろに腕まくりをはじめる。
「先生?」
「ああ、ちょっと待ってな。その量は一人じゃ大変だろう。先生も手伝うよ」
そう言い、ポケットからマスクを取り出してつけた。響は律儀だなと思い、もしかしてとうなじに触れた。
「・・・・・・もしかして、まだ匂ってる?」
反射的に響は顔が赤くなった。というより、匂ってた? もしかして今日一日中?
「あー、いや、念のためだよ」
東城が不自然に視線を泳がせたので、そうなんだと分かってしまった。殿坂には昨日の時点で大丈夫だって言われたけれど、あれは嘘だったのだろうか・・・・・・。不思議に思うが、殿坂が嘘をついてもなんの得もない。
「ほかの人にも気づかれてたかな?」
顔を曇らせて下を向くと、東城はそんな事はないと焦ったように否定した。
「それは大丈夫だと思う」
「どうして? 先生はマスクまでしているのに」
それだと東城だけが自分のフェロモンの匂いを感じていることになる。そうだとしたら・・・・・・「それ」って。
とたん、東城の表情がこわばった。マズイというように目を伏せる。
「あ、声に出てた・・・・・・?」
響は口を押さえた。特定のアルファとオメガが互いに、他とは違う『何か』を感じる。それなら理由は、『運命の番だから』しかあり得ない。ウワサ程度の知識しかないけれど、そういうものだってことは知っている。
響は東城を見つめ、ごくりと生唾を呑んだ。昨日の男子トイレでの記憶が甦る。あの反応から考えれば、まさかねと笑い飛ばせなかった。
だから確証がほしい・・・・・・。
「東城せんせ、先生の匂いをもう一度嗅がせてくれませんか?」
響がそばに寄ると、東城は後ろに下がって距離を取った。
「斎藤、やめなさい。今はいけないよ」
「今はって、いつならいいの? 俺が卒業したら? そんなの待ってたら・・・・・・、その間に別の人の『番』にされちゃうかもしれないよ?」
どうして自分がここまで必死になっているのか分からない。
アルファもオメガも運命の番も、自分にとっては遠い話であったはず。それなのに何が自分を焚きつけるのか、何が自分をそうさせるのか不思議だった。
マスクの下で東城が歯噛みする。顎がギリッと強く噛み締められて、マスクで隠れていても、余裕のない先生の表情が手に取るように伝わった。
「それでもいいの? 先生?」
そう言いながら、また一歩と近寄る。試すように言ったのはズルかったかもしれない。東城は後ずさるのを止め、苦しそうに眉根を寄せて、響から目を逸らした。
「ありがとう先生」
響は東城の胸に手をつき、首筋に鼻を近づけた。そして、すうっとフェロモンを吸い込んで一秒・・・・・・
———うあッッ!!?
脳に電流が走った。
たまらずに、鼻を覆う。鼻腔に残った匂いにむせかえり、急いで吐き出そうとするが遅かった。
たったの一秒。響の思考回路は一気に焼き尽くされていた。頭の中がどろどろに溶けて、理性が崩壊する。
ふわふわ、ぐらぐら、すべての感覚が腹の奥に繋がっているみたいで、腹の奥底から熱が上昇してくる。
響は立っていられなくなり、東城にしがみついた。
「・・・・・・あ・・・・・・はあ、は、ごめんなさ」
だらしなく口元がゆるみ、涎がダラダラと顎を伝って落ちてゆく。
「ふ、うう・・・・・・」
触って欲しい、触りたい。このアルファを自身のナカで感じたい。駆け巡ってくる感情はひどく淫らだ。
熱情的でとても甘く。なのに恍惚とした次の瞬間には、おそろしいほどの渇きに変わってしまう。
・・・・・・この渇きを満たせるのは『コレ』だけ。
オメガの性が響に教えていた。
響は救いを求めて喘ぎ、東城のスラックスの膨らみを撫でて、潤んだ瞳を彼に向けた。
「・・・・・・先生のコレ、ちょうだい?」
自分が物凄くはしたないことを言っているのを分かっていて、分かった上で、強請るのをやめられなかった。
先生が欲しくて欲しくてたまらない。自身のナカの熱くぬかるんだ場所に、先生の種を注いで欲しい。
「こうなるから言ったのに・・・・・・」
東城が溜息をついて唸る。先生が我慢していることなんて、凶暴すぎる硬いモノを触れば一目瞭然。濃くなった響のフェロモンに当てられ、東城の身体は立派に反応を示している。東城は自身の匂いで発情している響に悦びを感じながらも、懸命に理性を繋ぎ止め、教室の戸と窓を全開にした。
むっと立ち込めていたフェロモンが外へ出て、入れ替わりに新鮮な空気が入り込む。響は肩を抱かれ、窓際に連れられた。
「ほら、落ち着け。ゆっくり深呼吸してごらん」
東城のフェロモンにやられてぐずぐずの響は言われている意味が理解できず、今にも泣きじゃくりそうな顔をして「いやいや」と首を振る。
「な、んで・・・・・・、せんせぇ」
「いいから」
眉を顰め、苦しそうに言われる。東城は背中をさするだけで、断として響に手を出さなかった。フェロモンの匂いが薄まり、しだいに思考がクリアになってくると、カッと顔が真っ赤に染まる。東城がまだ隣にいて、記憶が鮮明なぶん、襲ってくる羞恥心がトイレのときの比じゃない。
「・・・・・・すみませんでした。もう大丈夫です」
蚊の鳴くような声で謝った。お腹の中の切なさは治まってないけれど、これ以上は恥を晒せない。東城はホッとした顔をして、すみやかに響から離れた。
二人きりなのに、よそよそしい距離を取る先生を見て、響は胸がちくんと痛んだ。疼きではなく今度は痛み。痛んだのは、こころ・・・・・・?
東城は自分の運命の番。運命の番に拒絶されたら、こんなにも辛いのだと知らなかった。
本能が求める相手だ。フェロモンを嗅いだ一瞬で身体はあっという間に先生を受け入れるために濡れそぼち、自分は呆気なく『運命』に陥落してしまった。けれど、身体が求めるから、心も自然に引っ張られてしまうのだろうか。
響は東城に向かって首を傾げた。
「ねえ、先生。どうして俺を抱かなかったの? 今なら俺のことを好きにできちゃうのに」
「こら、そんなことを言うもんじゃないぞ」
真剣な顔で諭されるが、でも納得できなくて、ふたたび口を開く。
「俺と先生は運命の番なんだよね? だったら・・・・・・」
無理やり犯されても仕方がない。強制的にうなじを噛まれ、番にされても仕方がない。本来ならばオメガである自分にもたらされていただろうネガティブな現実が思い浮かんだ。・・・・・・でも先生になら、たとえそうされていても、自分は嫌じゃなかったかもしれない。なのに先生はどれとも違う選択をした。
「せんせ、俺はまじめに聞いてる。だから答えて下さい」
響がまっすぐに見つめと、東城は観念したかのように息を吐いた。
「運命の番だからって、そのことで君を縛り付けたくないからだよ」
明かされた理由に目を見開いた。
「そんなのアルファの言うことじゃないです。電車でストーカーまでしてたくせに」
信じられなくて言い返してしまう。先生はいつだって自分のことをめちゃくちゃに抱きたいって顔をして見てた。それを知ってる。東城は「そうだな」と苦笑いを浮かべ、それから「すこし話そうか」と響を促し、椅子に腰掛けた。
「最初こそまさに斎藤が言ったみたいに、君の匂いに激しく惹かれていた。運命の番を見つけて舞い上がって、運命であるのならばと、すでに君は自分のモノであるかのように認識していた。でも学園での君の生活を見ているうちに、少しずつ変わったんだ。電車で遠くから眺めているだけでは見えなかった、新たな一面が見えたりして、斎藤だって当たり前に感情のある同じ人間なんだって、そこで気がついた。そんな自分に唖然として恥ずかしくなった」
言葉を切り、東城は苦々しく顔を歪める。
「アルファとオメガはどうしても本能の影響が勝ってしまう。だけど俺はそうありたくないと思ってる。だから斎藤が心から俺を求めてくれるようになるまでは、君と一線は越えたくないんだよ」
東城は「それに」と目を伏せた。響は彼の言葉を拾い、「それに」と引き継いで口を開く。
「教師と生徒だから?」
「・・・・・・はは、そうだよ。だから抱かないよ。今は」
真っ直ぐに見つめられ、胸がズクンと大きく跳ねる。
その後、話は終わりだと立ち上がった東城の服を、響はパッと掴んだ。
オメガにとっては最上に嬉しい言葉のはずなのに、釈然としない。先生に対しての株は上がったけれど、言い表せないほどの優しさに胸がときめいたけれど。
ねぇ先生・・・・・・、それはうわべの言葉じゃないのかな? 『抱かない』の一言の裏に込められた、ゾッとするような欲望を先生の瞳の中に見た。
先生が俺に『運命』を気づかせたんだ。理性では抑えられない疼きと熱を覚えてしまったあとで、お預けなんて耐えられるわけがない。
「待ってよ、先生。少しだけなら・・・・・・触っても悪いことにはならないんじゃない?」
教師と先生という関係が、東城を踏みとどまらせるストッパー。
それを解除したら、先生はどうなるの?
「何を言ってるんだ?」
「だって、先生だって、もっと俺を知りたいでしょ?」
東城は響の手を引き剥がすと、教師の仮面を被り直したように怖い顔をした。
「いい加減にしなさい」
だが響は視線を一定の場所に集中させ、目をすがめる。
「そんな顔したって、やっぱり先生の言うことは説得力ないよ?」
東城のスラックスの不自然に盛り上がったところを、響はなじるように見つめた。東城は背中を向け、強い口調で響を叱る。
「やめなさい」
運命の番なのに、響は靡いてこない男に焦れてムッとした。
「もー、強情だな。先生がそんなふうなら、クラウンの誰かに慰めてもらおうかな」
気を引きたい一心だった。最低な言葉が口をついて出る。東城は額を抑えて、葛藤する様子を見せた。
「制服を脱がなければ、いざとなったら誤魔化せそうだけど・・・・・・」
独り言のふりをして口に出すと、東城は険しい表情をして振り返った。ギラギラと目が血走り、額には血管が太く浮き出ている。一瞬、身体がすくむ。
本能的な恐れと、興奮。響は止められなかった。
「じゃ、じゃあ、足は・・・・・・? 足先だけならセーフじゃない?」
震える声で言うと、思いがけず東城の喉仏がごくりと動いた。
「え、・・・・・・まじ?」
「自分から言い出したことだぞ。今さら、動揺しないで欲しいな」
「ご・・・・・・めんなさい」
たしかに自分から誘ったことだよ、でも足って・・・・・・そんなところ汚い。
しかし東城は気にもせず、ぎらついた瞳を響のつま先に向けて伏せてひざまずいた。
興奮した、荒い息づかいを必死に抑えているのが見て分かり、「フーフー」と微かに聞こえる先生の呼吸音につられて、じわっと頬が熱くなる。
「足だけだから」
そう言って視線を投げられて、響は小さく頷いた。激しい心臓の鼓動に目眩を起こす。東城は響の上履きをゆっくりと脱がし、次に靴下を剥き、素足が空気にさらされる。ヒヤリとした空気に指を丸めると、頬擦りするように足の裏をべろりと舐め上げられた。
「ひゃ・・・・・・ッ」
ウソだ。舐められてる。
くすぐったい。でもすぐに、くすぐったいとは別の感覚が響を襲った。
「ンや・・・・・・ふあ、あ」
先生の濡れた舌が気持ちいい。
東城の舌は指と足裏の間の溝をつつつとなぞり、何度もしつこく往復を繰り返した。ビクビクと震える足を固定され、舐られたのち、チュプと親指が東城の口の中で吸い上げられる。
「ンンんぅ———」
響は口を塞ぐ。すると東城は片手でスラックスをくつろげ、自身の性器を握り込んだ。
ガチガチにいきり勃った雄の象徴が視界に映り、響はぼぅとしたままそこを一点に見つめた。
「目を瞑っていてくれないか?」
「・・・・・・どうして?」
「頼む」
興奮と恥じらいを織り交ぜた押し殺したような声に、渋々と目を閉じる。
視界がシャットアウトされ、響は知らずうちに自慰をする東城の音を拾おうと夢中になっていた。頭の中で勝手に創り出されていく自分勝手な妄想のせいで、足先に与えられる刺激に、余計に過敏な反応を示してしまう。
「ひあ、っ、あ、ンぐ」
指と指の境をチロチロと舌が動く。そう思えば、ねっとりと舌を絡ませられ、口を強く押さえても声が漏れた。
「んぐ、んうう・・・・・・ッ」
東城の愛撫が激しくなる。つま先全体をしゃぶり、深いストロークで出し入れされ、ゾワゾワするような奇妙な愉悦感が足先から駆け上がってくる。
触ってもいないのにイッてしまいそ———。そう思ったとき、低く掠れた声が聞こえた。
「・・・・・・今日の衣装、似合っていた」
「へ?」
唐突な呟き。響は東城の声を懸命に拾う。
「皆んなが斎藤をイヤらしい目で見ていて、気が気じゃなかった・・・・・・ッ」
———え?
その言葉を拾った瞬間、ぶっ壊れたヒーターみたいに身体が熱くなった。響はぶるっと身震いし、下着の中で射精していた。
「・・・・・・ン、ふ、うっ」
股間にジワッと滲みが広がって、断続的に搾り出されてくる白濁が快感を連れてくる。
も・・・・・・も、やめてって言わなきゃ。このままだと気が狂いそう。
響が達してすぐに、かすかな呻き声と共に足の愛撫が止まった。うっすらと目を開けて見ると、東城は響の足を抱き抱えるようにして、小刻みに腰を震わせていた。
床で丸まった背中を見て、響はハッとする。
アルファのくせして、簡単に踏みつけてしまえそうな背中だ・・・・・・。
なんだかイケナイ気分がして、ぞくっとする。
オメガ性とは違うところで、芽生えてはいけない蕾が花を開かせる気配に、響は困惑しながらも舌なめずりをした。
「・・・・・・東城せんせ、キスしていい?」
うっとりと響が強請ると、東城は顔を上げる。
「斎藤・・・・・・」
「一回だけだから、ね?」
響は苦悶しつつも動けないでいる東城の頬に手を添えて、そっと触れるだけのキスをした。
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