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6,クイーンの甘言2

 一週間後、響に二度目の発情期が訪れた。 「・・・・・・はや、く、とのさかぁ」  響は玄関で両膝を抱え、スマホに向かってはくはくと喘ぐ。 「もうちょっとで着くから待て・・・・・・ッ。ツラいのか?」 「つら、い・・・・・・はあっ、くるしい・・・・・・」  前日の夜から予感があり、学校には休むと連絡をしてある。朝起きたときは微熱で怠いだけだったのが、時間が経つごとに熱が上がり、ジュクジュクと下半身が疼いて濡れだした。  発情期中に抑制剤を飲んでもたいした効果は期待できない。響は避妊用のピルを服用し、殿坂を呼び出したのだ。 「すげ、フェロモンが・・・・・・」  ふらふらとしながらドアを開けると、早々に殿坂の顔が歪んだ。  迎え入れた響は毛布一枚で裸の身体を包んでいた。殿坂の到着までの時間に自身で触っていたために、股間は精液と愛液にまみれ、足首まで伝っている。 「・・・・・・はやく、おねが・・・・・・ッ」 「焦らなくても挿れてやるから、靴くらい脱がせろ」  玄関でへたり込んだ響を抱え、殿坂は部屋の中へ入る。響はベッドに降ろされると自ら足を開き、殿坂が前をくつろげるのを待った。  取り出された殿坂のそれも興奮で高ぶっていた。固く屹立した逞しい性器を濡れた後孔に押し当てられ、きゅうとナカが切なく締まる。 「とのさか・・・・・・ぁ、ああっ!」  ぐうっと孔が拡げられ、響は貫かれた。擦り上げられたぜんぶが熱くて、瞼の裏がチカチカする。殿坂の性器を抱き込むようにナカがうねり、そのたびに響は達していた。 「・・・・・・あ、ああっ、あ、———っ」  波打って締め付ける響のそこに眉を顰め、殿坂は強く腰を打ち付ける。射精をうながすための乱暴な動きで、自身の雄を抜き差しする。先走りと愛液が掻き出され、入り口がめくれ、響の窄まりは淫らにカタチを変えていた。 「・・・・・・だすぞ」  腰を押さえられ、突き上げが激しさを増す。上から体重をかけられ、殿坂の性器全体がナカに埋まる。根本まで突き刺さり、最奥が押し上げられると、響のナカは震えながら収縮した。 「ひあっ・・・・・・! あん、ああ・・・・・・っ!」  響がイッた瞬間に子種が奥で弾け、ぎゅっと身体全体に力がはいる。 「は、あっ、あっ・・・・・・まだ」 「ああ・・・・・・これじゃ足りないよな・・・・・・?」  殿坂は挿したペニスをゆっくりと引き抜き、じゅぷんとふたたび押し込んだ。 「あん、ああっ・・・・・・きもち・・・・・・いい」  精液を粘膜に塗り広げるようにぐりぐりと腰を回し、良いところをこすられる。最奥を叩かれ、とにかく気持ちよくて頭が馬鹿になった。 「響・・・・・・っ」  名前を呼ばれて口付けられ、口腔内までいっぱいに埋まる。 「んむっ・・・・・・ふ、あ・・・・・・」  温かく唾液で濡れた唇を懸命に吸っていると、殿坂は激しく抜き差しを再開させた。 「ンア、あん、ア、あああっ!!」  勃起して揺れる響の性器は、ずくずくと突き上げられて白濁を飛ばした。出なくなったらドライでイき。おかしくなるような、イキかたをする。それでもイッても、イッても足りなくて、響は泣きながら殿坂に腰を押し付けていた・・・・・・。  それから数日が経ち、発情の残り香がようやく落ち着きをみせたころ。  数えきれないセックスの最後の一回を終え、響はシーツに寝転び、余韻に浸って微睡んでいた。  殿坂が連日泊まり込みで相手をしてくれて、空腹の腹の虫を鳴らしてしまった響のために、シャワーを浴びてすぐに買い出しに行ってくれた。  響は自分も行くと言い張ったが、フェロモンの匂いを警戒して、駄目だと断られてしまったのだ。  殿坂はチャリティー祭での告白以降、それについて触れることをしない。しかし明らかに響に対して優しくなった。他生徒を牽制して響を守り、ヒートだと言えば、秒で駆けつけてくれるくらいに。  ストレートに感情を表現して尽くしてくれる殿坂を、響は素直に嬉しいと感じ、響も同じだけ殿坂を求めている。だが殿坂を想えば、対極にいる東城の顔が頭に浮んだ。  東城との『運命』の繋がりは絶対的であるはずなのに、無性に脆くて心細い。  もしも自分が殿坂を選んでも、何も言ってこないのかもしれないと、そう思えてしまうことが悲しかった。  どっちつかずのままでいる自分を最低だと思いつつも、どちらかの手を掴めば、どちらかの手が離れていくから。 「選べないよな・・・・・・」  響が憂わしげな声をあげたとき、殿坂が帰ってきた。腕にはスーパーの袋と、もう片手にマチつきの紙袋をのせている。 「おかえり、それどうしたの?」 「スーパーの前に店が出てた」  買ってきたものをテーブルに置き、殿坂は楽しそうに紙袋を開けた。 「たこ焼きと、たい焼き。たい焼きはあんことクリームと期間限定のサツマイモクリームの三種類あったから、ぜんぶ買ってきた。響が好きな方を選んでいいよ」  たこ焼き屋ならそういえば見かけたことがある。立ち止まらずに通り過ぎていたので、たい焼きも売っていたとは知らなかった。その手の店はよくあるものだが、高級なスーパーでは見られないんだろう。  テーブルに並べられたプラスチック容器と二つの紙の包みを見て、響は「ありがとう」と礼を言った。 「あの店員。間違えてるな」 「頼んだものがはいってなかったの?」  殿坂の呟きに、首を傾げる。 「や、違う。ほら見てみ?」  言われて見ると、紙袋から割り箸が三膳も出てきた。 「あー、たぶん、たこ焼き一つとたい焼き三つを買ったからだよ。たこ焼きは三人で分けあって食べると思われたんじゃない?」 「俺はちゃんと二膳って言ったぞ?」  殿坂は眉を吊り上げる。優しくなったとはいえ、響に対してのみだ。その他大勢に容赦のないところは変わらない。  ここは落ち着かせないとクレームをつけに行きかねないので、響は「まあまあ」と宥めにはいる。 「足りないよりよくない? 家に置いておいても困らないし。殿坂が次に来たときに使えるじゃん」  すると最後の言葉が効いたらしい、殿坂の眉がスッと元に戻った。 「ね? 使わないぶんは、キッチンの下の棚にしまってくる」  そして三膳うちの一膳を手に取ろうとした瞬間、響の手がこわばった。何気ないことだけれど、三を二にする行為が響の抱えている問題と重なって、仲良く並んだ三膳の箸に手がつけられない。 「ごめん。殿坂」  突然の謝罪に殿坂は目を丸くする。 「どうした、箸に何かあったか?」  響は首をふるふると振り、ぎゅっと拳を握った。 「・・・・・・結論、出せなくて。ぐずぐずしててごめん」  この答え方も唐突すぎたかと不安に思ったが、殿坂には伝わった。ぽすんと響の頭に手を乗せ、殿坂は「ふう」と溜息をつく。 「そのことならゆっくりでいいから。結論うんぬんで悩んでても、俺のことちゃんと頼れよ?」  優しい言葉に響は泣きそうになり、どうしようもなく殿坂の匂いが恋しくなった。 「うん。ありがとう・・・・・・。ねぇ、殿坂の匂い嗅いでもいい?」 「ん、どーぞ」  発情期中はセックスばかりに夢中なためか、たくさん身体を繋げていても、あらためて互いの肌に触れるとウブな感情が顔を出す。  胸をどきどきさせながら抱き締められ、殿坂の匂いが鼻腔を通って胸がいっぱいになると、響は言いようのない幸せと安らぎに満たされた。  響がヒートから復活し、一ヶ月。殿坂から優しい言葉をかけてもらい、悶々としながらも、やるべき事に目を向けなければいけない。二人との関係はひとまず頭の隅っこに置いておき、響は大学推薦の面接に挑もうとしていた。  響が選んだ大学は東城が厳選してくれたうちの一校。決め手になったのはオメガに対する制度が一番手厚かったから。  ヒート申請をすれば発情期間中の出席が論文提出で補えたり、オメガ専用の医務室が設けられているなど、いろいろある。志望学部は東城と相談して学力に見合った無難なところを選んだ。とくにやりたいことも無かったけれど、大学在学中に将来について考えてみるつもりだった。  公立高校に通っていたままだったとしたら、自分はどうしていただろう。オメガとして自分を軽視できなくなった今は、生きる道を考え直さなければいけない。  東城のいる栞ノ葉学園と、殿坂がエスカレーターで進学予定の付属大学からもそう遠くなく、その場所としては最適な大学だった。  面接は大学キャンパスで行われる。響は待機室でそわそわと自分が呼ばれるのを待った。出願が承諾された時点で合格だと言われているが、慣れない場では緊張してしまう。  そして名前が呼ばれ、響は面接が行われる部屋のドアをノックした。  ———面接は十分弱で終了し、響はホッと胸を撫で下ろしながら部屋を退出する。  栞ノ葉学園の生徒というだけで、面接はとてもスムーズに終えられた。オメガであることには感慨深く頷かれ、「ぜひうちで有意義な学生生活を送ってください」とまで声をかけてもらった。  試験を受けているのはこちらであるのに、逆に接待を受けているような待遇には驚きを隠せない。  けれどこれで進路も確定して一安心。あとは卒業を待つのみとなった。  響はキャンパス内を見て回ろうと思い、会場となっていた校舎を出ると、ふらっと敷地内を探索した。大小高低様々な建物が十棟ほど建っており、正門から続く中通りを真っ直ぐに行くと、ちょっとした空きスペースがあった。芝生にベンチが置かれ、天気の良い日には学生たちがお喋りをする場所となるのだろう。今日もパラパラと人の入りが見られる。  そのなかで、響は見覚えのある綺麗な男の人の姿を見た。その人はぼうと目を伏せて、芝生に舞い落ちたイチョウの枯れ葉を見つめている。 「純・・・・・・さん?」  思わず足を止め、ぽつりとこぼすと、その人——純は顔を上げて微笑んだ。 「響くん、面接試験おつかれさま」  言葉を返すことが出来ない。彼が声を発したこともそうだし、自分を認識していることも信じられなかった。それから何より彼は一人きりで、ベンチに腰掛けている。  彼の近くに車椅子は見当たらなかった。 「驚くよね。ごめんね」  純は二本の足で優雅に立ち上がり、響のそばに寄る。 「君のことを待ってたんだ。すこし、話をしてもいい?」  見下ろされて、首を傾げられる。車椅子では分からなかった純の背丈は、響と目線が噛み合わないくらいに高く、不健康そうだった顔色が今日はずいぶんと良さそうだった。 「おいで、こっちに来て座ろう」  響は腕を引かれて、先ほどまで純が腰掛けていたベンチに座らされた。 「病気では、なかったのですか・・・・・・」  やっとの思いで一つの質問を投げかける。純は目を細め、くふっと妖艶な笑みをこぼした。 「そうだね、病気じゃない。ふりをしているだけ」  あっさりと認めると、純は「他に質問はある?」とニコニコと訊ねる。  聞きたいことはたくさんある。だが彼のすべてが謎に包まれていて、何から聞いて良いのかわからなかった。響が押し黙っていると、純が先に口を開いた。 「困っちゃったみたいだから、僕のしたかった話をしようかな。じつはね、今日は君に頼みごとをしたかったんだ」  綺麗な顔に似合った鳥が鳴くような綺麗な声で、純は続けた。 「響くんは僕のことを知らないんだよね?」  わかりきっていることを今さら確認され、響は疑問に思う。 「知らないです、すみません」  声色に困惑が表れてしまい、ハッとして口を抑えた。 「いいんだ。ちょっと聞いてみただけ。僕の在籍記録は抹消されているから、知らなくて当然」  そう言って純が肩をすくめる。 「あの、在籍記録を抹消って・・・・・・」 「———うん、僕は君と同じオメガで、栞ノ葉学園の生徒だった。この意味わかるよね?」 「えっ、あ・・・・・・先代のクイーン・・・・・・?」 「正解」  目を丸くして純を見つめると、純は響に答えてくれた。 「先代のクイーンはね、響くんと同じ使い道をされていたんだけど恋人がいたの。好きな人の愛を信じて、クイーンは苦しい行為に懸命に耐えていた。だけど好きな人はクイーンを愛してなんかなくって、恋人を自分自身のために大勢のアルファに売ったんだよ。傷ついたクイーンは頭をおかしくして学園で大暴れをし、大ごとになるのを恐れた学園側はクイーンを学園から追い出した・・・・・・とさ」  まるでおとぎ話でも話すみたいに喋る純の横顔は笑っている。  明るい口調で、気丈に振る舞っているようにも見えるし、ほんとうに気にしていないようにも見えてしまう。  響は返す言葉が思いつかなかった。  ぎゅっと口をつぐんで、自分の膝を見下ろす。  気にしていないように見えていても、気にしていないわけがない。  オメガに起こる悲劇は、オメガ以外には想像を絶する。以前は気持ち悪いと感じてしまったズレを今は感じなくて、響はその瞬間に純が感じたであろう痛みに共感して寄りそうことができた。  でもだからこそ、安易に慰めの言葉なんて言えない。  今の自分がその立場になったら、強気でいられる自信はなかった。  だってそれは、東城と殿坂に見捨てられるということだから。  そうなったら自分は二度と修復できないほどに深く傷つき、だれに何を言われても拒絶してしまう気がする。  車椅子に乗って虚ろな目をしていた純の姿と、自分の姿が頭の中で置き換わり、・・・・・・視界がボヤッと歪む。  響は知らずうちにポロポロと、涙を流していた。 「あらら、一生懸命に考えてくれたの? 優しいね」  泣いている響にハンカチが差し出される。 「・・・・・・ごめんなさい。泣いてしまって」  人前で泣いてしまったことに、響はショックを受けた。貸してもらったハンカチで目元を押さえると、涙が薄いコットン布地に滲みていく。布ごしに手に伝わってくるその感触に触発されて、いつまでも「ヒック、ヒック」としゃっくりが出てきて止まない。 「誰かと重ねて想像した?」 「はい・・・・・・しました」 「そうだよね、やっぱり響くんにはそーゆう人がもういるんだね」  響は頷き、チャリティー祭の花火の日、純から感じた視線がちらりとよぎった。あの日の凍てついた視線が今度は言葉になって響に向けられる。 「可哀想に響くん、君はオメガの性に惑わされているだけなんだよ」 「そんなことないですっ!」  響は即座に否定した。心からの想いじゃなかったら、涙が出るはずはない。 「アルファは最低の生きものだよ」  純の声はひどく冷たい。 「心を持ち得ないバケモノだ。アルファがうそぶく愛は信じちゃいけない」  身をもって経験している彼の言葉には説得力があった。 「でも俺はアルファ全員がバケモノだなんて・・・・・・思いません」 「ふぅ・・・・・・良いように毒されているね。響くんは、女性でも男性でも『抱きたい』と思ったことはない?」 「は?」 「僕たちはオメガである前に男だったんだ。 身体が変化したからって、男の部分がなくなったわけじゃない。人の上に立ちたいと思ったり、人を意のままにコントロールしたいと強く願ったり、男性的な支配欲や闘争本能は当たり前に僕たちの中にも存在する。響くんには思い当たる節はない? 君のことは少し調べさせてもらったよ。オメガの世界の外で生まれ育った君なら、とくに理解ができると思うんだけどな」  どきっとする。  教室の床にうずくまった東城を見下ろしていた自分が、舌なめずりをして、自分を見つめる。  まだオメガだと判明する前。思春期を迎えたばかりのころ・・・・・・、好意をもった対象を見る自分はどちらの立場に立っていただろうか。 「大丈夫、安心して。そう思ったことがあっても、響くんは何もおかしくない。なのに男のオメガである僕たちはその部分を木っ端微塵に砕かれて、アルファに従わされている。栞ノ葉学園で行われているアルファ連中の愚行は許されるべきことじゃない。僕は新たな被害者がでる前に学園を潰しておきたいんだ」  純は響の手を取った。 「ね、僕を助けて?」 「———どう・・・・・・やって?」  心が決まる前に、響は口を開いていた。手のひらが優しく純の両手に包まれる。 「クラウンには一番重要なイベントがまだ残っているんだ」 「イベント?」  響は首を捻る。 「そう。来年度の新しいキングを決めるんだよ」 「・・・・・・あ、そっか。殿坂は卒業だ。でも俺に何ができるの?」  自分には権限も力もない。クイーンと呼ばれるようになってから、響がクラウンの活動に参加させてもらった機会は一度もなかった。 「キングの決め方は現在のキングと幹部からの指名制。現在の幹部は自分をキングに指名することもできる。複数人の名前が挙がった場合には、ポーンを含めたクラウン全員の多数決によって決められる。クイーンの響くんも幹部の一人、新しいキングを指名する権利があるんだよ。それでね、響くんには僕の息がかかった人物を指名してもらいたいんだ」  説明には納得したが、響はすぐに「無駄だよ」と首を振る。 「もしも俺一人が純さんの言う人を指名したとしても、他のメンバーは皆んな加賀美を選ぶよ」  加賀美は現在のビショップで二年生だ。まだ卒業はしない。誰だって普通なら、現幹部の彼がキングに繰り上がるのが妥当だと考える。 「そこで響くんの頑張りが必要になるんだよ」  純は微笑んだ。 「響くんの愛しのキングにも、口添えをお願いしたいな。それと、できればもう一人。ルークかナイト、どちらでもいいから口説ければ確実になる。ポーンらは勝手に人数が多い方に手を挙げてくれる」 「・・・・・・そのあとはどうするんですか?」 「キングの座さえ手に入れられたら、幹部はキングが好きに指名できるんだ。クラウンを乗っ取っとれば、学園を手に入れたようなもの。響くんたちの代が卒業してから、新しいクラウンと僕でゆっくりと片付けるよ。だからつまり、僕の願望が成就するかどうかは響くんの働き次第ってところ」  とてつもない大役を任されてしまったのだと、きっと小学生でも理解できる。純のやろうとしていることは復讐だけれど、オメガのためでもあり、オメガを性玩具として認めている学園なんて無くなるのが一番だと思う。 「そうしたら学園にいる人は・・・・・・」  響は純に訊ねた。協力するうえでの一つの気がかり。学園のアルファを断罪するのが目的なら教師として勤めている東城や、卒業生にも影響がでる。 「気になる? でもごめんね。迎えの運転手が来たから行かなきゃ。じゃあね、響くん。頼んだよ」  純は立ち上がる。前を向くと、車椅子を押している男性の人影が近づいてきた。純が返事も待たずに歩いて行こうとするのを、響は苦い顔で追いかけた。 「ま、まって・・・・・・協力するとは言ってないし、俺には出来ないよ」  蚊の鳴くような声で、自信なさげに呟く。純は目を細め、響の唇に親指で触れた。 「純さん?」  響は純を見上げた。 「できるよ。君はクイーンだもん。使うべきものを使えばいいんだよ」 「え?」  訳がわからないでいると、純は響の唇に触れる直前までふわりと唇を寄せ、「こういうこと」と囁く。 「・・・・・・え」 「ふふ、頑張ってね。期待してる」  純は顔を離すと、目を丸くしてしている響に微笑んだ。 「推してほしい生徒の詳細は追って連絡させるよ」  言葉が出ないまま、美しい純の顔を見つめる。思わず見惚れてしまう美貌の下には棘がある。目には見えないけれど、心を食い荒らす鋭い棘。傷つけられたオメガの、ひび割れた心から生まれた棘だ。響は胸に手を当てる。自分のここにも、その『棘』は隠されているのだろうか。 「すこし考えます・・・・・・」 「うん、ありがとう」  二人が話をしている隙に車椅子はすぐそこまで来ていた。純は車椅子に乗り込み、迎えの男性に押されて帰っていった。

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