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第3話

 ジュンはまさに自分のバースを謳歌していて、発情期さえ楽しんでいる。そういう生き方もあるんだろうと今は思えるけれど、子どもの頃にマイナスの方向で植えつけられてしまった彼の奔放さは、今も愛翔を縛っている。同じオメガでも、俺はジュンみたいにはならない。俺はあいつとは違うんだ。そう思いながらも実は、愛翔はジュンを憎みきれない。呆れてはいるけれど、嫌いではなかった。 「アイって呼ぶなって言っただろ」 「相変わらず可愛くないわねえ。でも、そんなアイちゃんのツンデレなとこがいいのよね」  これが三年ぶりに再会した家族との会話だ。誰がツンデレだと、愛翔は冷蔵庫から麦茶を出し、グラスに勢いよく注いだ。  冷蔵庫の中には、ガラス容器に様々な作り置きが用意してあった。ジュンは料理上手だ。以前から、帰ってきた時には必ずこうして美味しいものを保存容器に詰めてくれる。そうしてまた、新しい恋へと飛び立っていくのだ。 「あっ、あの、今回もたくさん作ってくれてありがと」 「どういたしまして。下味冷凍したやつもフリーザーにあるからね」  作ってくれる心は嬉しいので、礼は言う。ありがとうという言葉が少しくすぐったくて、愛翔は麦茶をぐいっと飲んだ。 「ちょーらい」  は? 「ちゃちゃ、ちょーらい」  声のする方を見れば、赤ん坊を脱したくらいの小さな子どもが愛翔の足元に立って、麦茶のグラスを指差していた。 「うわあっ」  ジュンのやつ、ついに子どもを産んだのか……! 『せっかく男性オメガに生まれたんだから、一度は子どもを産んで見たいわあ。でも、相手が問題なのよ』なんて言ってたけれど、産むなら育てろよな、愛翔はいつも釘を刺していたのだった。 「そんなに驚くことないでしょ、アイちゃんの弟なのに」  ジュンは事もなげに別のグラスに麦茶を注ぎ、満面の笑顔で子どもに渡す。 「はい、セアちゃん、ちゃんと持つのよー」 「あい」  セアちゃんと呼ばれたその子は嬉しそうにグラスを受け取って、両手でしっかりと持った。 「弟?」 「そうよ」 「誰の?」 「だからアイちゃんのって言ってるでしょ」 「ちょっと待てよ、ジュンさんの産んだ子だからって、俺の弟にはならないからな」  他の男との子どもを俺の弟だなんて言うのはやめてくれ。  だが、ジュンは立てたひとさし指を振りながら小悪魔のように片目を瞑ってみせる……小悪魔がどんなのか知らないが、昔、父親が「ジュンのその仕草はまるで小悪魔のようだ」と言っていたのだ。 「正真正銘、血がつながったアイちゃんの弟よ。聖樹(せいじゅ)さんと熱い夜を過ごした時に授かった子だもの……素晴らしい夜だったわあ……」 「親父に会ったのか? いつ? どこで?」  聖樹――父親の名が出て、愛翔は驚いた。 「前の彼とサヨナラして、傷心のあたしの前に突然現れたの――同じクルーズ船に乗ってたみたい。こんな偶然ってある? 運命を感じたわ……」 「運命はいいから」  愛翔は急かしたが、ジュンはさらにうっとりとした。  「シチリアに停泊した夜だったわ。その夜、あたしと聖樹さんは濃密な夜を過ごして――」  ジュンはどうしてもそっちの話をしたいらしい。それに、父の聖樹は本当に神出鬼没なのだ。愛翔の修学旅行先に現れたこともある。仕事は自称旅行ライターだから、豪華地中海クルーズ船に乗ることだってあるかもしれないが……(当時のジュンのパトロンはセレブだったらしい)愛翔は話の方向を変えた。 「その時にできた子だっていうのはわかったよ。でも、なんで今回に限って……」 「産む気になったんだってこと?」  大きな目で見上げる弟? を見ていたら、その目があまりにきれいで、この子の前で生々しいことは話したくないと思った愛翔だったが、ジュンはさらりと言ってのけた。 「そりゃあ聖樹さんの子だもの。唯一無二のあたしの夫よ」  あれだけ愛人を渡り歩いておきながら、唯一無二ときた。だが、ジュンの表情は真剣だった。 「男性オメガに生まれたんだから一度は子どもを産んでみたいって前に言ったわよね。だったら、やっぱり聖樹さんの子をって思うわ」  それに、とジュンは顔を赤らめた。 「今度はいつ会えるかわからない。今夜は運命の一夜だから、子どもができたら産んでほしいって言われたの。聖樹さん、相変わらず逞しくて全然変わってなかったわ……まさに戦士のようなあの身体! あたし、くらくらしちゃって、それで、聖樹さんのモノをあたしの中で受け止めて……」 「その話はいいから!」  ジュンは目を潤ませていたが、愛翔は文句を言いたい気分だった。 (放浪癖で自分は家にいないくせに、ダンナ公認の浮気妻によくそんなことを……) 「それでね、今日からこの子をアイちゃんに育ててもらおうと思って」  超重要なことを、ジュンはさらっと言った。愛翔は耳を疑った。 「……今、なんて言った?」 「セアちゃんをアイちゃんに育ててほしいの」 「産むなら責任持てよって前から言ってただろ?」  愛翔は大きな声を出していた。子どもを産んだらこうなると思ってたんだ! 親の責任というやつはいったい……。  まあ聞いてよ、ジュンはうとうとと眠そうなセアを膝に抱き上げた。 「聖樹さんがね、もし子どもが生まれたら、必ずアイちゃんに託すようにって言ったの。できるだけ早く」 「二人して俺に子どもを押しつけようっていうんだな」  この子にこんな話聞かせたくない。だが、セアはもうジュンの膝で眠っていた。  セアをソファーに下ろし、ジュンはとんとんとその身体を叩いてやる。ジュンのそんな仕草が優しくて、愛翔は思わず目をしばたたいていた。 「彼はね、その方が二人のためになるからって」

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