5 / 6

第5話

『この度は、弊社にご応募いただきまして、誠にありがとうございました。周防愛翔様について、慎重に選考を重ねました結果、誠に残念ながら今回についてはご期待にそえない結果となりました。なお、お預かりしました応募書類につきましては……』  最終面接の一週間後、企業からメールがきた。大学のゼミ室でメールを読み、それから愛翔はショックから立ち直れないでいる。  面接は上手くいったと思う。バースについては不問の会社で、愛翔は自分の力を存分に発揮できると、企画への意欲をアピールした。手応えがあったと思ったのはひとりよがりだったのか……明らかなのは、不採用だという事実だけだ。  はっきりいって、この企業にかけていた……。だが、残されたチャンスをものにするためにも、早く気持ちを切り替えなければ……。わかってはいるが、頭をしゃんと上げることができない。  しかも、夕方保育園にセアを迎えに行くと、ぐずぐずと機嫌が悪かった……。具合が悪くなる前かもしれませんね、と先生は言う。愛翔が抱っこすると、いつも笑ってくれるのに、今日に限ってセアはぐずり続けていた。 「あーもう、泣き止んでくれよ……セアのにっこり顔で癒やしてほしかったのに……」 「ふええええ」  手前勝手な気分を押しつけているのはわかっているが、今日は保育園から持ち帰った荷物も、おぶったセア自身も重くて仕方がない。 「セアの好きなパン買って帰ろうな。帰ったらミルピーも作ってやるし」 「いやーの」  大好きな乳酸菌飲料の名を聞いても、セアは拒否する。その上に「おうち、いやーの」などと言い出して、愛翔はぶちっときてしまった。 「いい加減にしろよっ、どうしろって言うんだよ。俺たちは、あそこしか帰るとこないだろ!」 「ふええええ」  怒られて、セアはまた泣き出す。その繰り返し。本当に今日はどうしてしまったんだ。落ち込み気分を上塗りされて、愛翔はさらに落ち込んでいった。  結果、愛翔は商店街のパン屋の前も通り過ぎ、ずんずんと歩いた。次の角を右に曲がれば住んでいるマンションだ。まっすぐ行って坂を登れば、高級住宅街。セアは「こっち、こっち」と泣きべそをかきながら、坂道の方を指さす。 「そんなに家に帰りたくないって言うのか? わかったよ、行けばいいんだろ」  愛翔は自棄になって坂道を目指す。だが、十分ほど歩いたのに坂道は現れず、目の前にはプラタナスの並木道が続いていた。 (あれ?)  遠い記憶が呼び起こされる。あの時と同じ? 「こっち、こっち」  セアは変わらず、行こうとせがむ。これは、子どもの頃、不思議な場所にたどり着いたあの道だ。  どうして今……あれから何度も行ってみたけれど、プラタナスの並木道はどこにもなかったのに……。  不思議な思いとともに、好奇心に駆られて並木道を進むと、白い壁の道に出た。やっぱりあの時と同じだ。  身体に食い込む重さも忘れ、いつしか愛翔はセアをおぶったまま、夢中でその道を進んでいた。壁の向こうには曲がり角、愛翔は迷わず角を曲がる。 「よーし、こうなったら行くとこまで行ってやるぞ!」  セアもいつの間に機嫌が直ったのか、きゃっきゃ言って喜んでいる。次の曲がり角に着いて、息を切らしながら佇んでいた時だった。 (出でよ)  男の声が聞こえたのだ。いや、頭の中に響くというのか。突然そんなふうに呼びかけられても、不思議と愛翔は驚かなかった。それどころか、その声に引き寄せられるようにその角を曲がり、足が進む。 「ででよ、ででよ!」  セアにもその声が聞こえたのだろうか。口真似をして、愛翔の背でぴょんぴょん跳ねている。 (我に力を)  また声が聞こえた。「力を」って、助けてくれってこと?  『また助けに来てね』 あの子もそう言っていた。だが、聞こえるのは男の声だ。このまま行くと、またあのバラ園に出るのだろうか。それとも……? 「えっ?」  目の前には右と左の分かれ道。これは知らない。あの時はなかったはずだ。 「どっちへ行けばいいんだろ」 「あっち!」  愛翔が迷って呟くと、セアが元気いっぱい、ご機嫌で指差した。 「あっち、あっち!」 「ようし、行ってしまえー!」  セアが示す通り、右の道に入ると、ふわりとしたもやに包まれた道に出た。 「なんだこれ、霧? ま、いっか!」  もやの中でもご機嫌のセアと同じように愛翔も楽しくなってきて、その道を進んでいく。すると、前方が明るくなってきた。  あの明るい場所には何が待っているんだろう。 「えーい!」  弾みをつけて、愛翔はセアとともに、もやの中から飛び出した。    走り幅跳びのように跳んで着地したそこは、とても硬かった。  だが、アスファルトのような感じではなく、足元は滑らかでひんやりとしていた。だが、いきなり硬い場所に着地した負荷が足首にかかり、愛翔はセアをおぶったまま、がくんと盛大に転んでしまった。 「痛……っ」 「らいじょぶ?」  セアが顔を覗き込んでくる。軽く右足をひねったようだ……だが、愛翔は笑顔で「大丈夫!」とセアの頭を撫でた。セアは愛翔の背中から降りて、冷たくて硬い場所に立った。 「ちゅるちゅるー」  つるつると言いたいのだろう。確かにそこは地面ではなく、大理石のように滑らかに磨き上げられた「床」だった。辺りを見渡すと、高い吹き抜けの天井には、たくさんのモザイクで、見たことのない紋様が浮かび上がっている。  前方には光が差し込む細い窓と、石造りの長いテーブル? らしきものがひとつ。しんと静かで、窓とテーブルを囲むように、いくつものろうそくの灯りがゆらめいていた。自分たちは建物の中にいるのだとわかったが、いつ入ったのだろう。もやの中から飛び出したはずなのに。 「幻想的、というか神秘的な場所だな」  降り立った場所があのバラ園でなかったことが、愛翔は残念でならなかった。 「これは驚いた」  人の声がして、愛翔は驚いて顔を上げた。足首が痛くて立ち上がることができなかったのだ。  愛翔の目の前には、純白のガウンを着た男が立っていた。  男……?   男だよな。声は男だし……。愛翔は自問自答する。

ともだちにシェアしよう!