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第8話 淡い恋心

「志水さんって、姉の彼氏さんなんですか?」  智流は唐突にそんなことを聞いてきた。 「え? 違うよ」  愛香がどんなふうに志水のことを話したのかは分からないが、なんとなく合コンで出会ったとは言いたくなかった。  チャラい男だとは思われたくないからな、この子には。 「姉は僕に志水さんのことをすごく推薦してきたから、てっきり彼氏さんなのかと思ってました。それに志水さんは姉の好みのタイプだから」 「そう?」  そんなふうには思えなかったけど……。 「はい。姉はすごく面食いなんですよね」  そういえば愛香も、智流のことを同じように言っていたような気がする。  さすが姉弟だなと、内心苦笑しながらも、志水はきっぱりと否定した。 「ほんとに違うよ。君の家庭教師にって、推薦してくれただけ」 「そうなんですか」  智流はまだ、半信半疑といったような表情である。  ……変な誤解をされたくないのに……。  志水が言葉を続けようとしたとき、ノックの音がして、智流の母親がケーキと紅茶のおかわりを持ってきた。  結局、この日はケーキを食べながら、おしゃべりし、次回からの授業のスケジュールを話し合っただけで、終わった。  網埼家から自宅への帰り道を、志水は複雑な気持ちを抱きつつ歩いた。  淡い恋心のようなものを智流に抱いている自分に気づいていた。  一目惚れってやつ? 相手は男の子だというのに……。  自分の中に芽生えた感情に戸惑ってしまう。  それでも、明後日にはまた智流に会えるのだと思うと、志水の心はほわりと暖かくなった。

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