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第10話 思い人の悩み
それでもまだ、肝心な部分は心を開いてくれていない。
その日も雑談の途中で、志水はなるべく自然に問いかけた。
「……学校でなにか嫌なことがあるの?」
すると智流は体を強張らせ、うつむいてしまった。
智流の中の屈託は相当深いもののような気がした。
志水がこのアルバイトを引き受けたのは、お金のためだったが、智流に会った瞬間、それは運命の出会いに変わった。
なにがこんなに智流を悩ませ、苦しめているのか。
彼の憂い顔を見ていると志水の胸は酷く痛んだ。
網埼家から出て、志水が駅までの道を歩いていると、愛香が追いかけてきた。
智流のことで話がしたいというので、駅前にあるファストフード店へ入る。
志水の向かいの席に座った愛香は、まず礼の言葉を口にした。
「志水くんが来るようになってから、智流はとても明るくなったわ。両親もすごくあなたに感謝してる。勿論、私も。ありがとう」
「いえ。どういたしまして」
志水がコーヒーを口に運びながら、そう応じると、彼女は今度はテーブルに身を乗り出すようにしてきた。
「ね、あの子の悩みがどんなものか、少しくらいは聞きだせたの?」
愛香が本当に言いたかったのは礼ではなく、このことだったみたいだ。けれども成果を期待するのは時期尚早というものだろう。
志水はゆるゆるとかぶりを振った。
「オレが智流くんの家庭教師になってから、まだ一カ月ちょっとしか経っていないんだ。そんなに簡単に聞きだせるものじゃないよ」
「まだ一カ月じゃないわよ。もう一カ月よ。男同士で年齢もそれほど離れてないんだから、サラッと聞きだせそうなものでしょ?」
「……智流くんの悩みが大きければ大きいほど、無理に聞きだしてはいけないと思う」
「…………」
志水の反論に、愛香は黙り込み、手に持っていたオレンジジュースを飲み干すと、席から立ち上がった。
「とにかく。少しでも早く智流の悩みを聞きだしてよね」
せっかちに言うと、彼女はスカートを翻して店から出て行ってしまった。
……やれやれ。
志水は溜息を零した。
愛香は本当に弟の智流を溺愛しているみたいだ。
もし、もしも……万が一にもオレの想いが叶って、智流と永遠を誓うような仲になれたなら、彼女はオレの『義姉』ということになるのだろうか?
……なんかすっごい邪魔をされそうな気がする。
そんなふうに思う志水だった。
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