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第11話 屈託の原因
愛香がどんなにせっつこうが、志水は智流の心に巣くう屈託を無理やり聞き出す気はなかった。
ただ、いつも気をつけて智流のことを見つめ、彼が少しでも話したいというサインを送ってきたときには、絶対にそれを見逃さないようにと心がけていた。
ゆっくりと、そっと……。
繊細な硝子細工は、少しでも力を入れすぎると壊れてしまうから。
しかし、そんな志水の思いをよそに、智流の屈託の原因は無遠慮に彼の元へとやってきた。
「……じゃちょっと休もうか。ひねった問題だったから、頭使っただろ?」
そのとき二人は物理の勉強中で、ちょうど智流は苦手な問題を見事にクリアして、うれしそうに顔をほころばせていた。
志水の役目は、智流の相談相手というのが一番で、家庭教師はあくまでおまけである。それでも自分が教えたことを彼が吸収してくれるのは、うれしい。
「はい。なんかすごくエネルギー、使った気がします。喉も乾いたし、甘いものが食べたいな。少し早いけどお母さんにおやつを持ってきてもら――」
智流が言い終わる前に、ドアがノックされ、彼の母親が顔をのぞかせた。
「あ、お母さん。今、おやつ持ってきてもらおうって思ってたんだよー」
明るく話しかける智流とは対照的に、母親はなんとも複雑そうな表情を浮かべながら言った。
「智流、お友達と先生が来てくださったわよ」
その言葉を聞いた途端、智流の顔からスウッと笑顔が消えた。顔色までもが消え去り紙のように白くなっている。よく見れば体が小さく震えていた。
「みなさん、何度も来てくださってるんだから、一度くらいは顔を見せたほうがいいんじゃない? 智流」
母親は穏やかな声で諭すが、
「…………」
智流は無言のまま首を横に振るばかりだ。
「智流くん……、大丈夫か?」
志水が声をかけると、彼は縋るような瞳で呟いた。
「や……、嫌だ……」
そして細い指で志水のTシャツの裾をギュッと握りしめてくる。
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