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第32話 すれ違う思い④

 彼からのメールを見る度、なんてかわいいんだろう、と志水の胸が甘く疼く。  しかし、そこには切ない痛みもまた伴っている。  不登校だった頃が嘘のように、智流は元気に学校へ通っているようだ。そのこと自体は心底良かったと思う。  智流が今でも家庭教師として志水を受け入れ、なついてくれていることもうれしくてたまらない。  だけど、これから先は?  そう考えると、志水の胸は引き裂かれるように痛む。  いったいオレは、これから先、智流への恋心をどこへどういうふうに着地させればいいのか。  部屋で二人きりで勉強を教えているとき、志水は時々、智流に好きだと告げ、彼を抱きしめたい衝動に駆られてしまう。  好きな人がすぐ傍にいるのだ。二十歳の男としては当然の反応と言える。  智流が心に傷を負っていなければ、志水ももう少し積極的になることができ、玉砕覚悟で思いを伝えることができたかもしれない。  でも彼は、副担任である男性教師に邪な思いを抱かれ、あげくストーカー行為をされるといおぞましい事態に見舞われた。  あの事件は深い心の傷となっているはずだ。  もしも志水が、マスダと同じ類の目で智流を見ていると知ったら、彼はどれだけ傷つき、志水のことを嫌悪するだろうか。それが怖くて、智流の前では気持ちを押し殺す癖がついてしまった。  本当は智流、家庭教師の時間以外でも君と会いたい。少しでも長く君と一緒にいたい。休日には君と出かけたいんだ。  メールの返事だってね、本当は……、 〈おいしそうだね。智流の手料理、オレも食べたいな〉 〈大学に行く道の途中に猫たちが会議をしている場所があるんだよ、一緒に見に行かないか?〉  ……なんて、他人が見たら、寒くなるようなことも書きたいんだよ。  でも、それをしてしまえば、思いが止められなくなりそうで、怖いんだ。 「ほんと、オレ、マスダのやろーと変わんねーじゃん。最っ低……!」  志水は、向かいの席でコーヒーを飲む友人に聞こえないように、自分自身を罵倒した。

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