智流が自宅に帰りつき、ドアノブに手をかけると、鍵がかかっていなかった。 　あれ？　と思う。 　今日は父親は日曜出勤、母親は近所の友達の家へ、目下ハマっている俳優のdvd観賞会へ出かけている。 　……ということは、お姉ちゃんがいるのか。不用心だな、いくら家にいるからって鍵をかけないで……。 　智流がそんなことを考えながら家の中へ入ると、玄関に見慣れた男物の靴があるのに気が付いた。一瞬にして、智流の心拍数が跳ね上がる。 　志水さんが来てる？　どうして……？ 　今、お姉ちゃんと二人きり？ 　心拍が速まるのと比例して不安が大きくなっていく。 　智流はそうっと家へあがると、できるだけ足音を立てないようにして廊下を歩いて行った。 　リビングから志水の声が漏れ聞こえてくる。だが、扉が締め切られているため、なにを言っているのかまでは分からない。 　智流がそろりと少しだけリビングの扉を開け、こっそり中をのぞくと、やはりそこには志水と姉の愛香がいた。 　志水はこちらに背を向ける形で座っており、愛香は彼の向かいのソファに座っている。 　志水の表情は分からないが、姉のほうは腕を組み、眉間にしわを寄せ、なんだか機嫌が悪そうだ。 　そのとき、志水の声が智流の耳へ届いた。 「……付き合って欲しいんだ、オレと」 　その言葉を聞いた瞬間、智流の周りからすべての音が遠ざかった。深く深く潜水でもしているかのように。 　頭の中で、志水が姉に告白した声だけが、何度も何度もリフレインされる。 　……やっぱり、志水さんはお姉ちゃんのことが、好きだったんだ……！ 　ショックのあまり息が苦しかった。 　もうこれ以上この場にいたくない。もうなにも、どんな言葉も聞きたくない。 　智流は両手で耳を塞ぐときびすを返し、二人に気づかれないように玄関に戻った。 　震える手で脱いだばかりの靴を履くと、静かにドアを開閉し、表に出た。