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第60話 二つの気持ち

 持参した青いチェックのパジャマを着た智流がお風呂から出てきた。  志水はベッドを背もたれにし、読みかけのミステリー小説へ目を落としていたが、一行も頭に入ってはいなかった。 「お風呂、ありがとうございました」 「どういたしまして。……あ、喉渇いてないか? 冷蔵庫にミネラルウオーターがあるよ?」 「ううん。大丈夫。ありがとう」  智流は緊張も頂点に達したという顔で、もう一度礼を言い、志水のほうに歩いてくる。  お風呂上りの智流はこの上なく色っぽかった。桜色に上気した肌に、濡れた真っ直ぐな髪……。  智流が志水のすぐ近くまできたとき、甘いシャンプーの香りが漂ってきて、我慢の限界が超えた。  志水は智流の腕をつかむと自分のほうへ引き寄せ、強く抱きしめると、そのままベッドへ押し倒す。 「智流……」 「志水、さん……」  濡れた髪に触れ、ゆっくりと唇を重ねようとしたとき、志水は智流の体が小さく震えているのに気が付いた。途端に躊躇いが生まれる。志水の心は二つに引き裂かれそうになった。  智流を抱きたい気持ちと、彼を傷つけたくない気持ちで。  それは本当は、相反しているようで根っこは同じ、愛する人を大切に思う気持ちなのだが、智流は副担任の男に劣情を抱かれるという過去を持っているため、志水は臆病になってしまうのだ。 「ごめん……」  震える智流を見て、志水は結局、自分の欲望を抑えるほうを選んだ。  ベッドへ押し倒した彼から、ゆっくりと体を離そうとしたとき、華奢な手が志水を引きとめた。 「智流?」  濡れた漆黒の瞳が思い詰めたように志水を見つめている。 「……どうして? 志水さん……、僕、そんなに魅力、ないですか……?」  顔を真っ赤にして消え入りそうな声で智流が言う。

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