8 / 43

第8話「罪深い想い」

 力の抜けた身体を抱きかかえ、ベッドへと運ぶ。  引っ越すならまた解体しなきゃな。向こうのベッドが使えるとは限らないし。 「済まない……」  運んでいる途中、神父様が静かに呟いた。 「……なんで、謝るんですか」  オレは元から罪人だ。神父様に教わらなきゃ、まともな話し方も、読み書きも、買い物の仕方すら分からなかったクズみてぇな男だ。  そんなオレが大好きな人を外敵から護れて、傍にいられて、セックスまでさせてもらえる。……めちゃくちゃ有難いことだと思う。 「便利に使ってくれていいんすよ。オレ、ほんとにバカでろくでなしだし……神父様のお役に立てるってだけで嬉しいんです」 「……愚か者が」  どれだけ邪険にされても、構うもんか。  オレは神父様を愛してる。……もう誰にも、それこそ神様にだって、このお方を傷付けさせやしない。  オレだけは、絶対に神父様を見放さない。 「私は……」  神父様は何かを言いかけて、黙り込んだ。  よくあることだ。神父様はオレよりずっと賢いから、色んなことを考えちまうんだろう。 「私は、罪深い」 「……オレとセックスしてることです? もう良いじゃないすか。今更でしょ」  話しつつ、ベッドのへりに座らせる。  板戸から漏れる月明かりが、灰色に戻った瞳を照らす。 「違う。そうではない」  今にも泣き出しそうな表情が、目の前に現れる。 「私は、貴様に罪を犯させているではないか」  ……ああ、ほんとに、神父様は綺麗な人だ。  そういうところが、愛しくて仕方ない。 「……血、ほんとに足りてます? 我慢してるんじゃ?」 「…………」 「食い物、毎回オレがほとんど食ってるじゃないですか。血が食事になるんなら、ちゃんと飲まねぇと」  貴様の場合は、代用できる糧がなかろう……なーんて言ってたことを思い出す。それでも、体液を啜って生きることの抵抗は消えていないらしい。  ……まだ「戻れる」って、どこかで思ってるのかもな。 「だが……」 「無理すんなって、ほら……」  神父様の後ろに移動し、抱き締めるようにしてベッドのへりに座る。口元に手を持っていくと、神父様は躊躇いつつも親指の付け根を噛んだ。 「ふ……っ」  赤く染った瞳が、煌々と光る。神父様の喉がゆっくりと上下し、噛まれた指に心地よい痺れが残る。  ロザリオを握りしめ、葛藤する横顔がいじらしい。 「今度から、無理せず言ってください。精液も全然出せますし。つか、どうせ出さなきゃいけないんで、血よりそっちのがお得でしょ」 「……ケダモノが……」 「そうです。オレはケダモノです。なので、また明日もヤりましょ」  耳元で囁きつつ、抱き締める。返事は来なかったが、今日は振り払われない……と思ったら、時間差で振り払われた。  ちょっと抵抗してみたけど、やっぱり力じゃ適わねぇな。 「…………鍋に朝のスープの残りがある。温め直して食え。あと、昼間の老婦人から卵を貰った。焼いておいたから、早めに食え」  神父様はさっきの乱れようとは打って変わって、冷静に伝えてくる。  あー、そういや夕飯まだだったな。忘れてた……。 「神父様は? 食べました?」  尋ねると、ふいっと顔を逸らされた。  やっぱり、痩せてたのは気のせいじゃなさそうだ。 「貴様が気にすることではない」 「ちゃんと食わなきゃダメですよ。子供もできるかもだし」 「だから私は男だ」 「神父様ならできそうじゃん」 「できるわけがなかろう」  問答の末、神父様は呆れたようにため息をついた。  ……ほんとに、産めそうな顔してんだけどなぁ。 「神父様、オレ、神父様のこと大好きです。心の底から、護りたいんです」  ベッドから降り、座ったままの神父様に視線を合わせる。  再び灰色に戻った瞳が、ちらとオレの方を見る。  いつものように冷静な表情で、神父様は小さく呟いた。 「私は……。……」  そのまま、続きの言葉は紡がれずに飲み込まれる。 「……悔い改めるがいい」  代わりに、突き放すような返事が吐き出される。思わず、身体が動いた。ここで黙ってたらダメだって……何となく思った。 「嫌です」  ベッドに押し倒せば、銀の髪とロザリオが月光に煌めく。絶望の淵に沈んだ灰色の瞳も、銀色に輝いて見えた。泣いている気がして、頬にかかった髪をかき分ける。左目の下の泣きぼくろがそう見せているだけだった。  固く引き結ばれた唇に、触れるだけのキスをする。神父様は特に抵抗することなく、口付けを受け入れた。

ともだちにシェアしよう!