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外伝「ある破戒僧の愛」後編(1)
アンジェラは、人助けのために惜しみなく能力を使う性格だったから、教会が彼女の存在を知るのに、さほど時間はかからなかった。
彼女を天使 と読んだ者たちも、旗色が悪くなるに連れ次第に手のひらを返した。……その経緯に関しては語ろうとも思わないし、思い出したくもない。
死神 ……そう呼ばれることの方が多くなった頃、彼女を狩るため、悪魔祓いが派遣されることとなった。
司祭も悪魔祓い を行うことはあるけれど、「異形」を討伐する役目を担うのは下級聖職者である「悪魔祓い 」であることが多い。
最近は専門家でなくとも倒せるほどに武器が発達したものだから、段々と消えつつある役職だけど……司祭が行う悪魔祓いと決定的に違うのは、「憑依した悪霊や悪魔を祓う」以上に「異形を殺す」役割があることだ。
この世界には、人の形をした、人ならざる者が存在する。……そして、時に彼らは人が獣の肉を食すように、人を食す。
だから、見つかり次第迅速に「始末」されることになっている。人類の安全を守るために。
「人間ってのも、結局は動物でさ。安心できない時間が続きゃ、敵意を剥き出しにして、誰彼構わずぶっ殺すようになりまさぁ。……マフィアやカモッラの連中を見てりゃわかるでしょう。ねぇ、神父サマ?」
アンジェラの助命を乞う僕に、一人の悪魔祓い がこう言った。
「異形が良い奴か悪い奴かなんて、関係ねぇでさ。ワシらは、人間の『安心』のためこき使われることになってやがりますんでね」
一理ある、と、思ってしまった。……先行きの見えない不安は、人を容易に争いへと駆り立てる。
今はまだ落ち着いた状態ではあるけれど……ヨーロッパ各地で領地争いが多発している以上、大きな争いの火種はそこかしこに眠っているように思えてならない。……だからこそ、人々は余計に「安心」を求めてしまうんだ。
アンジェラはある程度までは抵抗したけれど、やがて、静かに「死」を受けいれた。……と、いうよりは、「生」を諦めたのだろう。
薄く微笑んだまま、「きみ達は、それが仕事だからね」と、一切の反抗をやめた。
そうなって初めて、僕は、アンジェラに恋をしていたことに気付いたんだ。もっと正確に言えば、アンジェラの「人間とかけ離れた部分」に、恋慕の情を抱いていたことを自覚した。
気付いたところで、睦み合う暇なんてなかったのだけれど……悪魔祓いの温情で、話をする時間だけは与えられた。
「兄さんに……会いたいなぁ」
僕の腕の中で、アンジェラは呟いた。
彼女は、恨み言を口にしなかった。……心の中では恨み、嘆いたのかもしれないけれど、苦痛の中でさえ彼女は微笑んでいた。
「ぼくは、伝えたい」
息も絶え絶えになりながら、アンジェラは僕の手を握る。
「共存できるはずなんだ。きみと、ぼくのように……」
今まで食してきたのとは反対に、アンジェラは僕に自分の魂を分け与えた。手のひらから彼女の生命が伝わってくる感覚が、暖かくて、愛しかった。
「テオドーロ。ぼくを……兄さんの元に連れて行っておくれ。ぼくらの一族は……死んだら、『守護精霊 』の一部になれる、けど……ぼくには、その資格がない……」
潰れた両眼から大粒の涙を溢れさせ、アンジェラは縋るように語った。
「……でも……ぼくのことは、秘密にしてね。兄さんは……優しいから……同業者 にぼくが殺されたって知ると、きっと、悲しむ……」
冷たくなっていく彼女の手を握り、僕は、大きく頷いた。
「アンジェラ、愛してるよ」
「テオドーロ、ぼくは……」
想いを伝える僕に、アンジェラは、困ったように笑う。
「……恋愛感情は、そうでもないかなぁ……」
そのまま、「天使と呼ばれた少女 」は肉体を朽ちさせた。彼女らしい、さっぱりとした最期だった。
人の「死」とは異なり、彼女の屍はすぐに骨となって崩れ落ちる。……それでも、僕に「受け継がれた力」があることは、感覚として理解できた。
僕は彼女の言葉をヒントに、ドイツの悪魔祓いについて調べ、「フォン・ローバストラント」という一族に辿り着いた。
イタリアの司祭からドイツの下級聖職者になるには、まずいことをしでかして左遷されるのが手っ取り早い。当時はドイツでの弾圧がどうにか落ち着いた頃だったし、好きこのんでそっちに行きたがる聖職者なんて僕ぐらいだったと思う。
そんな事情で、僕は破戒僧になった。
正しさよりも、愛に生きることを選択したんだ。
後悔はしていないよ。今の方が、ずっと情熱を抱いて生きられているからね。
アンジェラは……いや、本当の名前はマルゴット、らしいね。彼女はたぶん、今でも僕のそばにいる。……肉体を失くして魂だけの存在になってしまったから、自我や記憶がどこまであるのかは分からない。意思疎通もできないけど、僕が多くの妻を愛していることを、彼女はどう思っているかな。
彼女は、刺激的なことが好きだった。亜空間を作った妻や、そこに居着いている触手がチャームポイントの妻……更には実の「兄」 ……彼女らと僕の恋愛模様を、もしかしたら、面白がって見ているのかもしれない。
でも……そうだね。これを言うと、嫉妬する妻も多そうだけど……
どれだけ恋を繰り返し、どれだけ多くの人を愛しても、やっぱり、初恋は特別なものさ。
***
宿に帰りつくと、ヴィルくんとコンラートくんは二人してソファで眠っていた。服は着ているあたり、身なりを整える時間はあったのかな?
僕が近付くと、ヴィルくんがハッと目を覚まし、コンラートくんの肩を揺らして起こす。番犬みたいで面白い。
「……あれ? マルティンは?」
「疲れているみたいだからね。別所で休ませているよ」
僕の返答に対し、ヴィルくんは「ふーん」と適当に返しつつ、隣のコンラートくんに話しかける。
「神父様、身体は大丈夫っすか?」
「……ああ」
ふと、寝起きのコンラートくんの「魂」に陰りが視 える。……が、すぐに分からなくなってしまった。
僕は力の残滓 を受け継いだだけだから、魂の状態を視るにはそれなりに条件が厳しい。起きてすぐだとか、セックスで絶頂する寸前だとか……要するに「意識が切り替わる瞬間」でないと無理だ。
とはいえ、一瞬だけ見えた陰りは、どうも見過ごせない程の濃さだったように思える。
「……ヴィルくん、コンラートくん」
普通に持ちかけても断られるに決まっているし、正直に能力の話をした方が良いかな。……セックスで確認できることも含めて、ね。
「実は、コンラートくんの魂に────」
僕の説明に、コンラートくんは眉をひそめるだけだったけど、ヴィルくんは「あぁ?」とドスの効いた声で睨んできた。
「それ、マジで言ってんのか?」
殺意の篭った茶色の瞳が、僕を見つめる。普段は純朴な感じの青年なのに、こういう時の表情はマフィア顔負けだ。
ちょっと僕にはあまり理解できない感情ではあるけど、嫉妬深いのかなぁ。
「本当だよ。心当たりはないのかい?」
「……ッ!」
「……あー……」
心当たりを聞くと、二人ともが目を見開き、息を飲む。……まあ、僕も下心が無いわけじゃないから、警戒されるのも仕方ないのだけどね。
「……分かりました。確認のために性行為が必要ならば、致し方ありません。そこまで……その、慣れているわけでは……いや、ええと……。……得意というわけではありませんが、よろしくお願いします」
これは……嘘にならないよう、表現を選んでいるのかな? 聞いた限り、快楽堕ち済みの喘ぎ方だったようには思えるけれど……。
「別にてめぇが相手じゃなくても、オレがイかせられたら良いんだろ?」
「貴様……っ!?」
「構わないよ。連続で絶頂させる必要があるけど」
「余裕だっつの」
そうだろうね。見てたからわかるよ。
コンラートくんは隣で真っ赤になっているけれど、口を滑らせたくないのか無言になっている。
「とはいえ僕が詳しく視るには、僕もそれなりに深く接触している必要があるんだけど……」
「……チッ……。……オレのと二つ、は……キツいよなあ……」
ヴィルくんは真剣に考え込み、ボソッと呟く。
二輪挿しかあ。入るかなぁ。入ったとして、さすがに痛そうだからなぁ。
「……それは……やめろ」
……と、コンラートくんが青ざめた顔で首を振った。
腕を組んで自らの二の腕をさすり、カタカタと小刻みに震えている。
「あれは……もう、経験したくない……」
「……! す、すんません!!」
ヴィルくんもさぁっと青ざめる。
あー……これは、もしや……。
真面目そうな割に……と思っていたけど、きっかけが「それ」なら、反動で余計に溺れてしまうことは珍しくない。可哀想に。これは、思いっきり優しくしないといけないな……。
「じゃあ、挿れるのはヴィルくんで、僕のは口に咥えてくれたらいい」
「……なら、まあ……アリ、か。でも絶対無理に突っ込むなよ。神父様も、苦しかったら喰いちぎっていいんすからね」
「く、喰い……!? それは勘弁してよ!?」
「ああ、分かった」
「分かっちゃうのかい!?」
うう、想像してしまった。痛い……!
優しくしないといけないな。色んな意味で。
「……だが、ヴィル。その……だな……。……さすがに、何というのか……疲れているだろう……?」
コンラートくんは、ヴィルくんに声を潜めつつ尋ねる。僕がいる手前、言葉を必死に選んでいるのが可愛らしい。
まぁ、数時間前までよろしくしていたからね。出し切っててもおかしくないね。
「さっき、オレはまだまだイケるのに神父様がトんじまっ」
「な……っ、何の話をしているのだ愚か者ッ!!」
ヴィルくんがサラッと失言し、コンラートくんは真っ赤になって遮る。この二人、可愛いなぁ。たぶん僕より歳下だろうし、微笑ましくて仕方がない。
「ヴィルくん以外に抱かれるのに抵抗があるなら、早めに済ませてしまおうか」
「……! い、いえ、決してそういう仲では……」
「ん? 違うのかい?」
「まあ……『そういう仲か』っつわれたら違ぇかなぁ。神父様、オレのこと好きなわけじゃねぇだろうし……」
「…………」
ヴィルくんの言葉に、コンラートくんはわずかに視線をさまよわせる。
なるほど。立場のせいか、常識に囚われているのかはわからないけど、素直になれないんだね。真面目そうだし、仕方ないのかな。
それにしても、僕からでさえ好意が見えるのに(マルティンも「あれ、絶対恋してるわよ」って言ってたし)……ヴィルくん、どうしてそういうところは鈍感なんだろう。
「そのうちフラテッロ・マルティンもこっちに来るだろうし、何なら手伝ってもらっても」
「早く済ませましょうか」
コンラートくんは僕の言葉を遮り、焦った様子でシャツに手をかける、上手く脱げていなくて、緊張しているのがよくわかる。
「まあまあ、固くならなくても大丈夫だよ」
抱きしめて肩を撫でると、余計に身体が|強張《こわば》ってしまう。あれ? と思っていると、ヴィルくんに手首を掴まれた。
「調子乗んなよ?」
満面の笑顔だった。
おかしいな。向けられているのは笑顔なのに、とても命の危険を感じる。
「神父様、大丈夫っすよ~。オレがついてるんで」
「あ、ああ……」
肩を撫でるのがヴィルくんに代わると、コンラートくんは安心したように緊張を解く。
……どうしてこれで「そういう仲じゃない」や、「相手は自分を好きなわけじゃない」なんて言葉が出てくるんだろう……? どこからどう見ても恋仲にしか見えない。
「ん……っ」
「すぐ終わらせるんで、怖がらなくていいっすよ」
コンラートくんの胸をまさぐり、ヴィルくんは背後からキスをする。そのまま二人はベッドに向かい、あれよあれよという間に服を脱ぎ捨てて絡み合う。
「ぅ、あ……っ、 ゆ、指……っ」
「お、ナカ、まだトロトロ……。これならもう入るっしょ」
……あれ? もしかして、僕は既に置いてけぼりかなー?
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