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第26話「手にした温もり」

 気絶した神父様を寝室に連れて行き、ベッドに寝かせてから部屋を後にする。  部屋の前では、アリッサちゃんとエルンストくんが心配そうに佇んでいた。 「あたしが、酷いこと言ったから……?」  アリッサちゃんは今にも泣き出しそうな顔で、胸元のペンダントを握り締める。 「……んー……あんま関係ねぇかな。むしろ、今まで見せないように頑張ってた方っつうか……」 「何があったのか、そろそろ教えてよ。ヴィルさん、荷物運びや実験器具の手入れは手伝ってくれるのに、事情は聞いてもはぐらかすんだから……」  エルンストくんが不満げに言ってくるけど、教えられるわけねぇんだよな。神父様も、身内だからこそ隠したがるだろうし……。 「でも……コンラート兄さん、倒れる前にあたし達よりヴィルさんに縋ってた。仲が良いって、本当なのね」 「まあ、きょうだいには余計に縋れねぇよなぁ。あの人、そういう人だろ」 「あ、ヴィルさんよく分かってる。そうなんだよね、滅多に頼ったりしないし、弱音すら吐かないし……」 「ギルベルト兄さんがしつこく声かけてやっと、って感じよね。意地っ張りっていうか、なんていうか……」  神父様……弱音を吐いたら、そこから崩れそうで怖かったのかな。  エルンストくんから家の話も色々聞いたけど、あんな重いもん背負ってたらキツくてしょうがねぇだろうに……。  ああ、でも、そんな人がオレに頼ってくれてたのかって思うとちょっと嬉しくもある。……オレなんかで良いのかよって気持ちもあるけどな。  正直、オレみたいな盗賊崩れじゃなくて、もっと立派な人が手を差し伸べてくれてたら……なんて、最近は思わなくもねぇ。そんなヤツいたらめちゃくちゃ嫉妬するし、いたとしてもオレが救いたいけど、それはそうとして……オレじゃなかったら今頃神父様は笑えるようになってたのかなーとか……ちょっとだけ、考えちまう。  ここには、毎日毎日を必死に生きてた時と違う、穏やかな時間が流れてる。……だからこそ、考えなくていいことまで考えちまうのかもな。 「任せてもいい? ヴィルさんの前だとコンラート兄さんの筋肉の強張(こわば)り方が全然違うし、ヴィルさんからはコンラート兄さんの匂いがするんだ。匂いが移るぐらい親密なら、僕らよりも支えになれるのかも……」 「……エルンストの言い方はどうかと思うけど、エルンストが他人と関わるの自体珍しいし……信頼してもいいのかな」 「えへへ、コンラート兄さんの匂いがするから、ヴィルさんと一緒にいるのは落ち着くんだぁ……」 「悪ぃエルンストくん、そろそろキモい。鳥肌立ってきた」 「ええ!? 何でぇ!?」 「本当、ウチの弟がごめん……」 「姉さんまで!?」  エルンストくんのちょっとアレな感じは置いておいて、神父様が大事にしてる相手からお墨付きを貰えるってのは悪い気分じゃない。  でも、オレ、盗賊なんだぜ。そんなに信頼してもらって大丈夫か……?  ……やべ。平和な時間が長すぎたのかな。不安が出てきちまってる。こういう時こそ、気を引き締めなきゃな……。  ***  エルンストくんやアリッサちゃんが研究室や自室に行っちまってからも、神父様はなかなか目を覚まさなかった。隣でオレが寝て起きても、まだ寝てる。  すっかり外が暗くなり、夜も更けた頃、神父様はうっすらと目を開けた。 「ん……」 「お、よく寝れたっすか?」  目を覚ました神父様に声をかけ、髪を撫でる。月の光を受けた銀髪は、いつ見ても綺麗で見飽きない。 「アリッサちゃん達、心配してましたよ」 「……そうか。済まない、面倒な役割を任せてしまったな」 「良いっすよ、そんなの。今更じゃないですか」  起き上がった神父様は、オレの方に視線を投げ、わずかに首を傾げる。 「どうした? 浮かない顔だが」  ……あれ。そんな、変な顔してたかな。 「……ここに来て、一気に落ち着きましたね。そろそろ、オレが護らなくても大丈夫かも?」  冗談めかして笑ってみたけど、半分は冗談じゃない。  オレは神父様が好きだ。好きで、好きで、好きで、本当にたまらなく好きだから、神父様を傷つけるヤツや苦しめるヤツから護ってやりたい。  だけど、オレだって意識のない神父様を犯したし、神父様を心も身体もボロボロにしたヤツらと似たような「賊」だ。その事実は変わらない。 「……おまえが私への執着を手放そうとするなど、珍しいこともあるものだ」 「オレは神父様のこと愛してます。……だけど、オレは……神父様よりずっと、『罪深い』男です」  灰色の目が見開かれる。  なんだよ、神父様だって言ってただろ。  オレは地獄行きが決まってそうなケダモノだって、悔い改めろって、何度も言ってただろうが。 「オレ、神父様のこと屍姦したじゃないすか」 「……ああ……言わねば気付かなかっただろうに、馬鹿正直に申告していたな」 「そりゃそうです。黙ってたらそれこそ、嘘ついてるみたいでキツかったと思うし……」 「愚か者。私とて知りたくなかったと言うに」  はぁ、と溜め息を吐き、神父様はオレをベッドに押し倒した。 「……神父様?」 「……ああ、そうだ。貴様が私を『こう』したのだ。責任を取れ」  赤い瞳が、夜闇に輝く。  オレの首筋に牙を立て、神父様は軽く血を啜った。  舌なめずりをし、オレの血を飲む姿がたまらなくエロい。……やべぇ、勃ってきちまった。 「オレのこと、抱きたいんすか? 別にソッチでも良いっすけど……」 「……あれほどの快楽を知ってしまっては、わざわざ抱く側に回りたいと思えるものか」 「……! ち、挑発しねぇでください」  オレは下賎な盗賊だ。クソみたいな生き方で罪を重ねて、それでも偶然……しかも神父様が不運に見舞われたから、護る道に進むことができただけの、ただのクズだ。  神父様が安全な場所にいられるんなら、神父様が穏やかに過ごせるんなら、オレよりもっと適役がいるはずなんだよ。 「……オレから逃げるんなら、今っすよ。神父様」  迷ってるうちに決めてくれなきゃ、余計に執着しちまう。手放せなくなっちまう。  ──コンラートくんは激しい憎悪を抱えてる。支えてくれる君を失ったら、どうなってしまうか分からないよ  あれ。なんで、今、変態野郎の言葉なんか思い出したんだろう……。 「……そこまで愚かだったとはな」  神父様の呆れた声がする。  でも、何だろう。冷たい感じはあまりしない。 「構わない」  唇に温もりが触れる。 「……私を逃がすな」  ああ、ダメだ。逃がしたくねぇ。ずっとそばにいて欲しい。尽くせるだけでいいって思ってたけど、振り向いて欲しい。オレの……オレだけの、特別な人でいて欲しい。  オレだけを愛して、オレだけに抱かれて、ずっとずっとオレのそばにいて欲しい。 「好きです、神父様」 「……そうか」 「神父様はどうなんすか」 「……私は……」  何考えてんだ、オレ。  神父様から愛されなくても、いくら邪険にされてもオレだけは愛するって、支えるって、護るって……そう、決めたんじゃなかったのかよ。 「……ッ」  神父様は、苦しそうに胸元のロザリオを握り締め、返事をためらった。 「変わらない、ではないか。女を愛そうが、男を愛そうが、何も……」  自分に言い聞かせるように、ブツブツと言葉を繰り返す。 「……主よ、お赦しください……」  その表情があまりに辛そうで、こちらからキスをする。……神父様にとって簡単に割り切れる問題じゃねぇのはわかってるし、苦しませたいわけじゃない。  唇をこじ開け、舌を絡める。身体を起こし、ベッドに座るような形で神父様を抱き締める。  唇を離すと、透明な糸がオレと神父様の舌先を繋いだ。 「……抱いてくれ、ヴィル。今は、すべてを忘れたい」  熱っぽい吐息に誘われるまま、膝にまたがる神父様の尻を撫で回す。  荒い吐息が甘い喘ぎに変わった頃、ベッドの周囲に脱ぎ捨てた服が散らばる。すっかり(ほぐ)れた孔を指で押し拡げ、先走りを垂らすオレ自身をぶち込んだ。 「……っ、ン……ぅ、あっ!」  他の部屋で眠る二人に聞こえないよう、神父様は喘ぎを押し殺す。  ここに来たばかりの頃、「声出したらエルンストくんに聞こえますよー」とかいうプレイもしてたけど、エルンストくんは研究に熱中してたら何も聞こえなくなるらしい。……まあ、それが本当かどうかは微妙なところだし、今日はアリッサちゃんもいるから状況がまた違うんだけど。 「……ぁ、んっ、ぅ、んんんっ、ふ……ッ」  気持ち良さそうに腰を揺らし、背を仰け反らせて、神父様はオレの膝の上で静かに乱れる。  本当はどこかで、気付かないフリをしていた。  神父様も、オレのこと好きになってきてるんだって。 神様の教えに背いてるのに、それでも、オレに惹かれてくれてるんだって。  嬉しかった。このままオレだけを見て、オレを選んで、オレに救われて欲しいって思った。  ……でも、怖かった。 「……ッ、神父、様ぁ……!」 「んんっ、……っ、ふ、くぅう……ッ、ァ、あっ!? ~~ッ!」  感じる場所を責め立て、ぷっくりと膨れた乳首をくにくにとこね回す。  口の端から溢れた唾液を舐め取り、そのまま口付ける。 「……愛してる……っ」 「ん……っ、は、ぁ……ッ、あうっ!? あぁ────ッ!」  深々と奥を貫くと、神父様の身体が大きく跳ねる。それを合図に、また口付けた。  オレは盗賊で、ろくでなしのクズで、神父様を傷つけたヤツらと何も変わらない罪人だ。……だから、こんなに綺麗な人に……大好きで、愛しくて、護りたい相手に、愛される価値なんて── 「……ヴィ、ル」  唇を離せば、蕩けた声が、オレの名前を呼ぶ。 「今は、まだ……答えを、出せない」  はぁ、はぁ、と肩で息をしながら、神父様は悩ましげに眉根を寄せた。 「……だから……その、だな。……待って、いて、欲しい……」  頬を真っ赤に染め、神父様は俯き加減に囁く。  狡いよ、こんなん。可愛すぎるだろ。  ……余計に逃がしたくなくなっちまう。 「……ッ、わかりました! 先に子供仕込んどきますね……!」 「待て、中は……!」 「後でもう一発口に出すんで!!」 「そ、そういう問題では……ぁっ!? あぁあぁあっ」  ドクン、ドクンとオレ自身が脈打ち、神父様の(はら)の中に子種を注ぎ込んだ。  腹の傷より更に下……下腹部あたりに手をやり、さわさわと撫でさする。 「もう、ココ……んじゃないすか」  熱に浮かされた瞳が、ゆっくりとオレの手の方を向く。 「……私は男だ。例えおまえの子を産みたくとも、叶うことはない」 「……え、マジで産みたいんすか」 「例えばの話だ愚か者ッ!」  オレが間抜けな返事をすると、神父様はふいっと顔を背けた。  やっぱり、可愛いなぁ。 「返事、いつまでも待ってます。でも……どんな答えになっても、もう逃がさねぇんで」 「ああ。……それで良い」  どちらからともなく指と指を絡め、唇を重ねる。  大好きだよ、神父様。もう、誰にも譲らない。……たとえ相手が神様でも、絶対に渡すもんか。  ***  翌日、昼食の時間になってから、またエルンストくん達と顔を合わせた。 「もっと寝ててもいいのに。日が照ってるうちはきついんじゃないの?」  アリッサちゃんが心配そうに聞いてくる。  神父様は「大丈夫だ」と言いつつ食卓に座り、エルンストくんが持ってきたライ麦パンをかじる。 「大丈夫ならいいけど……。あ、そういえば、エルンストは今日イルゼさんに会うのよね?」 「そうそう。どんな服着ていったら良いかな?」  イルゼってのは、確か、エルンストくんの婚約者の名前だ。  何でも神父様よりちょっとだけ歳上らしいから、それなりに年の差があることになるけど……兄ちゃんと姉ちゃんに夢中なエルンストくんが婚約者に選ぶ理由はちっとばかし気にならなくもない。 「そこら辺、難しそうよね。あの人、恋愛には慣れてるだろうから……。昔、ギルベルト兄さんともコンラート兄さんとも付き合ってたぐらいだし」 「むぐっ!?」  アリッサちゃんの言葉に、神父様は盛大にむせる。  喉に詰めたパンを牛乳で流し込む神父様に、エルンストくんがさらに追い討ちをかける。 「だからイルゼさんを選んだんだよ。二人ともに抱かれてるなんて、素敵でしょ?」 「……へぇ」  まあ昔のことだもんな。  そりゃあ神父様も色恋沙汰の一つや二つ、経験しててもおかしくねぇわな。  別に嫉妬なんかしねぇよ。昔のことだし。いやほんとに、全然気にならねぇし。 「ご、誤解だエルンスト……! 私はその、イルゼと恋仲だったわけでは……!」 「あれ? イルゼさん、コンラート兄さんが西に行く前にたらしこんだって言ってたよ? 真面目そうで可愛いから遊んであげたくなったって……」 「あー、あの人ならやりそう。っていうか、コンラート兄さんなら抱くっていうより抱かれてそう」 「どういう意味だアリッサ……!?」  話を聞く限り、そのイルゼって人は数々の男と浮き名を流した奔放な女性らしい。  ギルベルトさんが色男だったってのはエルンストくんからちらっと聞いたことあるけど、なるほどな。遊び人どうしで楽しんでて、神父様が巻き込まれたか味見されたかって感じっぽい? 「それで、実際どうなんすか。食われたんすか、童貞」 「貴様は黙っていろ……!」  オレが真剣に口を挟むと、神父様は耳まで真っ赤になって怒る。  いや大事だろそこ。むしろ一番聞かなきゃいけないとこだろ。 「僕、気付いたんだ。イルゼさんを抱くのは、間接的に兄さん二人を抱いてるってことになるんじゃないかなって……あっ、言っちゃった……!」  頬をぽっと赤く染め、エルンストくんは頬を両手で押さえながら照れる。  エルンストくん、それ、可愛く言っても普通に気持ち悪ぃからな??? 「これで姉さんも抱くか抱かれるかしてたら完璧だったのに……」 「エルンスト。あたし、最近あんたのことがわかんなくなってきた」  アリッサちゃんが、ドン引いた目でエルンストくんから距離を置く。  神父様も混乱しているらしく、腕を組んだまま目を白黒させていいた。……神父様って、変態を寄せつける体質だったりすんのかな。 「あ、そうだ! イルゼさんで思い出した」 「……何を?」  アリッサちゃんに促され、エルンストくんは牛乳を一口飲んでから話し始める。 「ちょっと前に聞いた話なんだけど……ここから少し歩いたところに廃坑(はいこう)があって、ギルベルト兄さんがよく通ってたんだって」  その言葉を聞き、神父様の瞳がわずかに赤く色付く。 「……『吸血鬼』としてか」 「うん。元々鉱山だから、泉の水質とかが身体に合うのかも? ほら、鉄分とか……」 「おっ、良いじゃん。今夜あたり見に行きましょ、神父様」  血の代わりに飲めるぐらいの水質だったら、吸血衝動も抑えられるかもしれない。そしたら、神父様の心労も少しは減るかも。  神父様は静かに頷き、同意してくれる。 「そうだな。なるべく夜が更けてからの方が良かろう」 「人目についたら面倒っすもんね」  オレ達が話している横で、アリッサちゃんも真面目な表情で何事か考え込んでいる。  エルンストくんの方はというと、ニコニコと楽しそうにパンを食べていた。 「お弁当いる? 僕、作るよ!」 「エルンスト、ピクニックじゃないんだから……」 「でも、お腹は減るでしょ? イルゼさんに会いに行く前に、ササッと作っておくね!」  アリッサちゃんにたしなめられながらも、エルンストくんは嬉しそうにキッチンの方に向かう。 「コンラート兄さん、まだ玉ねぎのピクルス嫌い?」 「……も、もう問題なく食える。任せろ」 「別に、無理しなくていいのに……」  エルンストくん、歳の割に幼いし兄離れも姉離れもできてねぇし時々気持ち悪ぃけど、良い子なんだよなぁ。……時々気持ち悪ぃけど……。  にしても廃坑、か。賊とかの溜まり場になってるかもだし、武器の手入れしとかなきゃな。

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