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運命のマッチング 8

「ス……んんっ」  見えたのはある意味予想通りの、だけどだからこそ予想外すぎるもの。  サングラスもマスクも取ったその顔は見覚えがありすぎる顔で、その名前を呼ぼうとした唇を柔らかいもので塞がれた。 「ん……う、んっ」  何度も何度も与えられる柔らかさに唇を食まれ、くすぐったさに思わず口を薄く開く。するとさらに舌先が絡めとられ、軽く吸われて体に痺れが走った。  そこまできてやっと、遅ればせながらキスをされているんだと気づいた。でもその時にはすでに思考と体がでろでろに溶かされきっていた。  キスってこんなに気持ちいいものなの? これが相性がいいってこと?  突然の展開に警戒音を鳴り響かせる理性はあっという間に溶けていって、唇から与えられる気持ち良さに体が支配される。  ちゅう、ちゅっ、と繰り返される濡れたリップ音は耳から思考を犯し、その気持ち良さに浸ってしまう。  ただ唇が、舌が、触れ合ってるだけなのにどうしてこんなに頭が痺れるほど気持ちいいんだ。 「んっ」  翻弄される舌先に呼吸が上手くできなくて、苦しさにその腕を握ると一瞬唇が離れた。 「あ……」  その妙な寂しさに目を開けると、そこには場違いに知っている顔があった。  これ、スオウがごくたまにしか見せないめちゃくちゃ機嫌のいい時のエロイ笑い方だ。 「あの……んうっ」  一瞬現実に引き戻され、止めようとした口がまたしても唇で塞がれ、さっきよりも深く舌が絡まってくる。  同時に頭の後ろに手が回って、逃げられないようにより深く唇を合わされまた理性が吹っ飛ぶ。  相性99%のキスって、こんなに気持ちいいものなのか。  どうしようもなくなって握ったままだった腕に力を込めると、頬に移った唇が耳に滑り。 「かわいい」 「……っ!」  低く色気の滲んだ声を注がれて、ぞくぞくぞくっと背筋に甘い痺れが走る。  ……勘違いされちゃ困るけど、番希望だからって即エッチを望んでいたわけではもちろんない。できることならそれなしで番になる方法はないかと検索をしたりもした。  自慢じゃないけどヒートの時はひたすら家にこもってきたし、アルファどころか欲を満たすために誰かに抱かれたいなんて思ったことも、当然したこともないんだ。  だから初めて会った人と簡単に一夜をともにできちゃう人は、根本的に僕とは違う人種なのだと思っていた。いや今だって思っている。  なのに今、危機感よりも気持ち良さが勝ってしまっている。その事実に僕自身が一番驚いていた。  流されてはまずいと言うことはわかる。だけど、だからどうしたと体が逃げることを拒否している。  このままその指がシャツに伸びたらどうしよう。いや、考えるまでもなく拒めないのがわかるから怖い。 「あ、あの、あの……っ!」  だからこそ、すべての力を振り絞ってその体を押し返した。ただ力の差なのか力いっぱい押したはずの体は少ししか離れず、結果的に濡れた唇がとんでもなく色っぽい、大好きな顔がよく見えるようになってしまい。 「し……」  ジリリリリン! と突然部屋の中に響いたのは容赦なく現実に引き戻すコール音。  言いかけた言葉を見事に遮って、電話の音が大きく鳴り響く。黒電話の音に設定されている辺り、出なければならない電話の迫力がすごい。  そしてさすがにそれは無視してはいけないものだったようだ。  のっそりと僕の上からどいたその人は、一つため息をついてから電話に出た。 「なに」  濡れた唇を拭ってから電話に出る仕草がなんとセクシーなことか。  不機嫌さを隠しもしない相手が誰なのかはわからないけれど、いい意味の電話ではなさそうだ。 「いや、二時間は平気だって……わかった。わかったって。すぐ行くから」  こちらものそのそとベッドの上に起き上がりながら、なんとなしにそちらに視線を向ける。  人の電話の内容を聞くものではないとは思うんだけど、腰が抜けて動けないのだからどうしようもない。  電話するスオウの姿、ドラマや雑誌のグラビアでたくさん見たなぁかっこいいなぁと呆けた頭でつらつら考えていたら、その瞳がこっちに向いた。 「悪い、予定が早まって出なきゃいけなくなった」 「あ、は、はい」  テレビの向こうから視線が飛んできたような感覚で、答える声が詰まる。 「少しゆっくりしていって。帰る時にフロントにキーだけ返してもらえるか?」  そう言ってカードキーを示されてこくこくと何度も頷いた。そんな僕を見て少しだけ困ったように笑ったスオウの顔をしたライトさんは、近づいてきて軽く身を屈めた。 「いやらしいことしてごめん。次は抑えるから」  そして額に可愛らしいキス一つと、セクシーに物騒な囁きを耳に一つ。  思わずぞくりと体を震わせた僕に満足そうに唇を歪め、サングラスを手に取るスオウかライトさんかわからない人。そしてあっという間に再び黒ずくめの姿に変貌したライトさんは、「じゃあまた」と颯爽と部屋を出ていった。  取り残されたのは、呆然と座り込む僕一人。 「……なにが、どうなってんの……?」  唇に触れれば、まだ濡れていて熱い。  あまりに嵐のように色んなことが巻き起こりすぎて、頭がついてこない。  ……その日、どうやって家に帰ったか、その後どうやって過ごしたか、記憶は次の日柳くんに会うまで吹っ飛んでいる。

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