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コーヒーミルク三つ 1

「冷静に考えて、そんなわけはないんだよ」 「千草?」  それが結論。  またもや突然宣言した僕に対し、向かいに座る柳くんが怪訝な顔を見せる。その反応が正しい。これが現実だ。  あれから一日経過した午前の大学。  食堂で少し早めの昼食をとろうと集まり、それぞれのトレイを手に端の席に座った。ぼちぼち席が埋まり始めているのも日常で、昨日のことは本当に夢だったんじゃないかと思えるほどいつもの風景だ。  ……確かにそっくりだった。ファンの僕から見ても本人にしか思えないくらい、顔も声も似ていた。それは認める。  ただ、混乱状態だったあの時と違い、今、普通に考えて本人のはずがないんだ。  だってもしスオウ本人だったら、わざわざマッチングアプリに登録してあんなところに来ないだろう。元から普通にモテるのだから相手なんか選び放題のはずだ。  たとえその場限りの相手を求めていたとしても、手間もリスクも大きいあんな手段を使うわけがない。そんなことして釣れるのが僕じゃあ割に合わないだろう。  それならばなにかの企画のドッキリかと考えもしたけど、それもない。あんなのドッキリだとしてもテレビに映せるものじゃない。  あんなえっちなの……。 「千草ー? 顔赤いけど大丈夫? 体調悪い?」 「だ、大丈夫じゃないけど体調は悪くない。ありがとう」 「いや、大丈夫じゃないなら大丈夫じゃないでしょ。お礼はおかしい」  柳くんに冷静に指摘されて、熱くなった頬を手で扇いで冷ます。思い出したら恥ずかしくなってしまった。  昨日の出来事がまるで現実味がなさ過ぎて、大丈夫かと言われたらそうではない。混乱している。  でもその詳しい話は、内容が内容だけにとても説明しづらい。 「ていうか昨日なんの連絡もなかったけど本当に会いに行ったの?」 「行った」 「どんな相手だった?」  どんな、と言われて思い出すその姿に出しかけた答えを飲み込む。  顔はスオウだった。だけど、性格が全然違う。  僕の好きなスオウはいつもクールで言葉少なげで、ちょっと天然入ってるからたまにぼそっと変なこと言ったりするけどそれもなんかかっこいいから許されちゃう、そんな人。  昨日みたいに僕の話を熱心に聞いてくれたり甘い口説き文句を言ったり初対面でキスしたり、そんなことする人ではない。  あんなのまるで解釈違いの二次創作みたいだ。 「どんな、相手……」 「え、そんな困る質問? じゃあ単純に見た目は? 大丈夫そうなアルファだった?」  自分でさえ混乱してまだ飲み込めていないことを説明するのが難しい。  戸惑いながら、ひとまず唇を湿らせようとコーヒーを一口だけ飲み込む。ミルク三つ入りの甘い甘いコーヒー。  そんな僕を見て、柳くんは質問を変えてくれたから、首を傾げながら考えた。  見た目はと言われれば。 「なんか、かっこよくて、すごかった……」 「……もしかして千草、なんかされた……?」  柳くんが鋭い。いや、この場合僕が顔に出やすいのか。  スオウの顔を思い浮かべて反射的に頬を赤らめると同時に、柳くんの目線が飛んだのは僕の首輪。  番目的の僕とヤリモクの相手を警戒していた柳くんならその心配も当然だ。そしてその心配は一部間違っていない。割と危ないところだったという自覚はある。  ただ、そもそもヒートの時ではないからなにがあったって本当に番になれるわけではないんだけど。 「いやあの、実はね、柳くん」 「なんかエロイ顔してるけどヒートでもきた?」  意を決して、話せるところだけ話そうと背筋を伸ばした途端、真横に気配が現れて。 「ひゃっ……!」  それがなにか認識するより早く、くんっと首筋を嗅がれて、同時に触れた髪のくすぐったさに肩が跳ねる。 「千草、こっち来な。それメガハラだよ潤」  柳くんが頼もしい。手招きしてトレイごと引き寄せられ、逃げるように柳くんの隣に座る。  いくら首輪をつけているといえ、そんなことしていいわけがない。だけど当の本人はまったく悪びれる様子もなくカメラを構えている。

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