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コーヒーミルク三つ 2

「別に確かめただけだろ。こんな場所で発情されたら迷惑こうむるのはこっちなんだから」 「してないよ! たとえしたとしても潤には関係ない」 「関係あるだろ。オメガのフェロモンは無差別なんだから。近くにいる奴誰でも誘うとか、巻き込まれるアルファからしたら迷惑極まりないよな、ホント」 「聞かなくていいよこんなバカの戯言」 「なんにも知らないベータはいいよな気楽で」 「柳くんのこと巻き込まないでくれる⁉︎」  ぐぬぬと唇を噛みしめ潤を睨んでも本人はどこ吹く風。  なによりそれが理由で番を作ろうとマッチングアプリに登録した身としては、正論すぎて言い返すことができない。  ヒートの時にオメガから放たれるフェロモンは、アルファにとっては回避できない罠のようなものではある。でも僕だって好きでオメガに生まれたわけでもヒートを起こすわけでもない。  厄介なことだってたくさんあるのに、と泣きたい気持ちになって黙る。  すると潤は嬉々としてシャッターを切り始めた。 「お、いい顔。やっぱ千草は黙ってればいい被写体なんだよな」 「……でも顔だけじゃなく可愛い声を聞けて嬉しいって言われたし」 「「え」」  どうしようもなく悲しい気持ちを抑えるためのちょっとした反論だったけれど、反応は思ったよりも大きく。なんなら隣からの反応の方が大きかった。 「なにお前、いつの間にアルファ引っかけたの? はーやっぱなんだかんだ言ってオメガだな」 「そりゃ潤みたいなクソアルファに付きまとわれてたらまともな相手探すでしょ。バカなの?」 「うるせーな。千草のことだからどうせヤリモクの男に引っ掛かって終わりだろ」 「いやほんと、そうだとしか思えないくらいかっこよくて話も合うし、アルファってとこをひけらかさないどころか、色々褒めてくれるしなによりとにかくかっこよくて」  どうせだから目一杯自慢しておこう。ライトさんの印象に対しては嘘ではないし。  その反撃が予想外だったのか、潤は目に見えてテンションが落ちていった。 「はっ、ならヤり逃げされないように避妊はちゃんとしろよ? どうせそれ目的でしか興味持たれてないんだから」  なんて勢いのない捨てゼリフを残してさっさといなくなってしまった。どうやら食堂に用があったというよりも僕を見かけて嫌味を言いにきたらしい。実は暇人なのか。 「はあ……」  一つ区切りをつけるように大きなため息をついた柳くんは、「そんなことより」と切り替えて僕を見た。 「さっきの。どういうこと? 昨日会った相手に言われたわけ? もしかして本当に『運命の相手』だったり……」 「いや、ないない。ダメな人だあれは」 「あ、もしかしてそういうの軽く言えちゃうタイプの潤みたいな奴だった?」 「あいつには断じて似ていない」  潤の手前、いい感じに進んでいるようには言ったけど、ヤリモクじゃないとは言い切れないのがどうにも。  しかし冗談でも潤に似てるなんて言いたくない。唯一似てるとしたらもちろんスオウだけど、それはやっぱり話が違う。 「そういうんじゃなくて……そういうんじゃないんだけど……いや、たぶん違うっていうか」 「なに、そんな悩むような相手?」 「どう悩んでいいか悩む」  そっくりさんならば問題ないものか。  しかしそっくりすぎて色々気まずい気がする。  柳くんにはちゃんと話した一緒に悩んでもらいたいというか、相談させてほしい話ではある。けれどあの顔と起こった展開のことを考えると易々と口には出せない。 「うーん……、中途半端で悪いんだけど、頭が整理できるまで、できればこの話はしばらくしないでほしい、な。ちょっと難しい」 「千草がしたくないならしないけど……警察行くなら一緒に行くから言いなよ?」  ここまで言って申し訳ないんだけど、今話しても混乱を助長するだけだから一旦口をつぐむことにする。  それに対してすぐに飲み込んでくれた柳くんの心配はありがたいけど、違う勘違いが加速している気がする。  あれはたぶん、僕が緊張のあまり見た幻覚のようなもので、ちょっと手の早い話の合うイケメンだったってだけなのだろう。アルファに免疫がないからわからないだけで、実際はそんなものかもしれない。  番相手を見つけようとしている僕からしたらきっとものすごく幸運なことで、だから構わずそのまま進めばいいんじゃないだろうか。怖くないアルファなんて珍しくもありがたい存在なんだ。  だから見事番を作って、柳くんにご心配をおかけしましたと紹介しよう。それがいい。  なんせ相性99%の相手なんだから。  その後、ライトさんから朝デートの誘いをされ、色々な疑惑を振り切るようにそれに乗った。  正直、潤に対しての反発みたいなものも含んでいる。  あの人が撮りたくなくなるように、絶対かっこいい番を見つけて幸せいっぱいになってやるんだ。そしてなによりメグスクのライブに、ヒートの日付を気にせず行けるようになってやる。  ライトさんだってきっとよく見たら全然違う顔なのだろうし、今度こそ冷静に会おう。  気が合うアルファなら万々歳とポジティブに思おうじゃないか。

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