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コーヒーミルク三つ 5
「そうそう。イズミ、連絡先教えて。この前は慌てて帰ったせいで聞けずじまいだったから」
そしてまた、コーヒーとともになんとかサンドイッチを飲み込んだタイミングで、派手にむせそうな提案を投げかけられた。噴き出してテーブルの上を汚さなかったことを褒めてほしい。
スマホを手に待ち構えられて、なんとかうまい言い訳がないか探す。
連絡先はよろしくない。アイドルの連絡先を知るのは良くないやつだ。
「あ、あの、もうちょっとアプリでやりとりしません?」
「どうして?」
「たぶんそのうち僕よりいい人と出会うと思うんで、その時に後腐れがないように……」
「でも俺もうアプリ消すから」
「え、なんでですか?」
「イズミと会う目的は果たしたから。もう用はない」
なんとか逃れようと必死で理由を探す僕を頬杖をついたまま優雅に見つめるスオウ。そのままの格好でセリフのような爆弾を投げられて無事被弾。
なんでこの人こうも簡単に口説くようなことを言うのだろう。
スオウって本当はこんな性格だったのか。それとも双子の弟かなにかなのだろうか。
「教えて。じゃないと……するかも」
キャラの違いに戸惑う僕に焦れたのか、再度ストレートな要請。しかもとんでもない脅し付き。
周りに聞こえないようにか、唇の動きだけで「キス」と伝えられて、おののいてすぐにQRコードを表示させたスマホを差し出した。
次いで周りを窺うけれど、こちらを見ている人はいない。みんなそれぞれの朝の時間を楽しんでいるようだ。
だというのになぜ今このテーブルだけ妙な緊張感に包まれているのか。
なんにせよ、こんなオープンな場所でそんなスキャンダルになるような真似させられない。
「そこまで反応早いと、それはそれで落ち込むな」
自分のスマホでそのコードを読み取りながら、スオウは苦く笑う。
「さすがに俺だって分別はわきまえてる。この前は例外」
場所が場所だからか主語がないけれど言っている意味は明白。ホテルでしたキスのことだ。それに怯えて僕が連絡先を渡したと思ったらしい。
確かにそうではあるけれど、たぶんスオウの思っているのと僕の理由はニュアンスが違う。とはいえやっぱり場所が場所だからここでは詳しく説明できないのがもどかしい。
「登録っと。俺のもしといて」
そして内心のためらいも空しく、スオウの要請に従って連絡先の追加をタップ。
「はっ個人情報……ッ!」
「そりゃそうだ」
登録されたそれを見て思わず声を上げた僕をスオウは軽く笑う、けど。
連絡先自体ももちろん悩む存在ではありながらも、第一の悩みはそこに登録された名前。
漢字で蘇芳 燈 。つまり本名。
ファンだから知っていたけど、一応公表はしていない名前だ。
それをしっかり知ってしまった。マジでプライベートの連絡先じゃないかこれは。絶対ファンが持ってちゃいけないやつだ。
なによりこれでライトさんがスオウだと確定してしまった。
同姓同名のそっくりさん説がなくもないけど、このオーラを真似られるならそれはもう本物だ。
そしてふと気づいた。もしかして本名が「あかり」だからニックネームが「ライト」だったのか? 漢字が違うから全然ピンと来ていなかったけれど、最初からそれが答えだったのか。ファンなら気づくべきだった。最初から見えていた地雷だったと言うのに。
「千草泉。うん、顔に似合った綺麗な名前だ。じゃあ、改めてよろしく、泉」
「あ、あの……」
用は済んだとばかりに優雅にコーヒーを口にするスオウに再び逡巡。
できれば今日で終わりにして忘れていただきたいので改めてよろしくはできかねます。なんて言えるほど僕の心臓は強くない。でも素直に頷くのもそれはそれで心臓に悪い。画面越しならいくらでも一方的に話せるのに。
「泉にも名前で呼ばれたいんだけど」
割と押しが強い推しがストレートに距離を詰めてきて、逃げられなさに泣きたい気持ちになる。潤も強引だけど、スオウのこれは圧が違う。
一ファンとして無名でいたいし、ステージと客席の距離が一番いいのに。
「あ、あかり、さん」
「……まあとりあえずいっか」
それでも推しに求められたら応えないわけにはいかない。
これで勘弁してくださいと窺う僕に、スオウは若干不満げな様子を見せたけど一応納得してくれた。その態度に隠れてほっと息をつく。
目を逸らした先にはスオウ――もといあかりさんの長い脚。テーブルの高さが合わなくて、少し外れるようにして組まれた脚はつま先までかっこいい。雑誌の撮影みたいだ。こうやってただただ見ていられれば楽しいのにな。
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