14 / 49
コーヒーミルク三つ 6
「それで、次はどこ行きたい?」
「え、つ、次ですか?」
「次」
現実逃避気味にその姿を見つめていると、いつの間にか話が進んでいた。
あーんと声をかけられ反応として口を開ければまたサンドイッチ一つ。餌付けされてるみたい。
「次があるから会ってくれたんだと思ったんだけど」
たぶん答えを考える時間をくれたんだろう。僕が咀嚼して飲み込むのを待って、あかりさんは少しばかり声のトーンを落とした。
「この前ので怖がらせた?」
「……いやあの、びっくりしたけど、怖くは、なかったです」
これは本当。
突然された決して浅くはないキスにとんでもなく驚きはしたけど、怖い思いはまったくなかった。それどころか気持ち良さで色々飛んでいた。
「それなら良かった。けど、急にしたことは悪かった。ごめん」
「気持ち良かったから謝らないでください。あ、違う、えっと」
謝られて、慌てて返したセリフのチョイスミスに、一拍遅れてかーっと顔が熱くなる。
気持ち良かったのは本当だけど、明らかにここで言うことではない。朝からなんて告白をしているんだ。
「……なら良かったけど」
突然の素直すぎる感想がどう響いたのか、あかりさんは低く呟いた。
実際イヤだったら抵抗すれば良かったんだ。だけどあっさり気持ち良さに負けてとろけてしまったのは僕。ちょろすぎたのは僕の経験不足の話で、あかりさんが悪いわけじゃない。実際イヤではなかったし。
というか、改めて考えるとスオウが僕にキスしたんだよな?
ライトさんとしてでもなぜそうなったかわからなかったのに、「スオウが」となると余計意味がわからない。
百歩譲ってファン向けの企画だったらまだわかる。でもプライベートなんでしょう?
「……あの、なんで僕、なんですか?」
「なんで?」
「あかりさん、かっこいいじゃないですか。だから別に僕じゃなくても、たくさん相手がいるんだろうにって、不思議で」
「褒めてくれてありがとう。ん、それとも遊び人だと思われてるのか?」
「思ってないです。褒めてます。僕がそこに登場するのが不思議ってだけで」
本当に疑問でならない。この際マッチングしたのはありとしよう。だけどこの人がどうしてここまで僕に時間をかけているのかわからない。
忙しい中わざわざ朝に時間を作って会って。番希望の一般人のオメガなんてそれこそいっぱいいるだろうに。
「……一目惚れに、中身がついてきたってとこかな」
「あかりさんの趣味が変ってことですか?」
潤の言い方はむかつくけど、言ってることは正しいと思う。黙っていればまだマシの、喋り出せば残念なアイドルオタク。それが僕の特徴で、いいことだと柳くんは言ってくれるけど、あの人は僕を甘やかしてるだけだ。早口で自分の趣味をまくし立てるところは自分だってよろしくないと思っている。
確かに今回その部分は控えめだけど、スオウ由来の趣味はわりとまくし立てた記憶がある。それを良く思うあかりさんは相当変わっていると思う。
色んな素敵な芸能人を見すぎて趣味がねじ曲がったのだろうか。
「真面目な顔でとぼけたことを言うところも魅力だと思うけど」
「お、わ」
「人目がなかったらもっと口説いてる」
急に身を乗り出し、僕だけに聞こえる声で低く囁いてきたあかりさん。その悪い微笑みがかっこよすぎて煙を噴いた。ちょい悪役のスオウのドラマは何回も見直すほどお気に入りで。それを匂わす立派な口説き文句は、僕の口を閉ざすのに十分な威力だった。
こういうのが得意なのはリーダーのモモとか、怖い笑顔も使い分けるキキョウで、スオウは不得手な方だと思っていたのに。
「じゅうぶんなんですけど……」
「冗談」
もう十分本物のすごさを味わわされて、一生分のスオウを浴びたから帰って眠りたいとまで思うほど許容量が過ぎている。
だけどあかりさんはそんな僕を笑って僕の口元を指で拭った。
「もっと好きにさせなきゃ気が済まない」
その指をぺろりと舐める仕草を見て、気絶しなかったことを褒めてほしい。
もしこれが映像だったら、明日辺り柳くんに「いつもと違うスオウもかっこよかった」と報告しては優しく流されていただろう。
だけど、これは無理。
「よし。じゃあ次のプランは俺にお任せってことで」
流されてはいけないはずの流れが僕を運ぼうとしているのはわかるけど、ただただ頷くことしかできない。だって口を開いたら悲鳴を上げそうなんだから。
スオウって、もっとクールで大人の男じゃなかったっけ? こんなに積極的に距離を縮めてくるタイプだなんて知らなかった。そんなギャップ、ファンだけど知らなかった。
どうしよう、もっと好きになってしまう!
「……そうだな。泉、この後もう少し時間いいか?」
黙ってしまった僕に少しだけ満足げな顔を見せ、それから左腕の時計に視線を落とすあかりさん。
ここで終わりかと思えばまさかのアンコール。
ライブだったら楽しい時間が、それを上回る心臓の痛さと不安を呼び起こすのはなぜだろう。
それでも僕は口を両手で塞いだまま、もう無理ですと思いながら静かに頷いた。
ともだちにシェアしよう!