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キスする更衣室 1
アンコールかと思いきや、まさかの後半戦のスタートだった。
あかりさんについて訪れたのは、カフェから少し歩いたところにある服屋さん。
セレクトショップと言うのだろうか。色んなブランドの服が集められていて、アクセサリーや小物も置いてあるお店。全体的にはモノトーン調のシックな色合いでまとめられていて、スオウの普段のイメージに近い。
僕だけだったら入るだけでも緊張するようなオシャレなお店だ。
「え、え、あの」
ただ、服を選びに来たのかと思えばどうもそれが目的ではなかったようで。
店に入る前から妙に早足だったあかりさんは、店に入るなりいくつかの服を取って店員さんに一声かけて奥の試着室へと一直線に向かう。気安いやりとりからして知り合いのようだ。
その上で一歩遅れた僕の手を掴み。
「泉も一緒に入って」
「え、いや、僕外で待って……!」
そう言って強めの力で僕を試着室の中へ引っ張り込み、そのままドアを閉めた。
僕が行くようなお店の試着室と違って、広めの個室は明るく三面に鏡。全体的には木目調で落ち着いた作りなのに、オシャレだからか落ち着かない。いや、一番落ち着かないのは明らかに目の前のこの人のせいなんだけど。
「ちょっとかくれんぼな」
え、可愛い。
狭くないんだからくっつく必要はないのに、至近距離でいたずらっ子みたいな顔をされてまっさきにファンとしての感想が来てしまった。ライブでも、たまに三人で盛り上がりすぎた時にこういう顔してるな。
という現実逃避は一瞬で覚めて、近すぎる距離を離すためにそっと胸を押す。三人でよくくっついた撮影をしているからか、たまに距離感バグるよなこの人。
「やっと二人きりになれたのに」
「試着室って二人で入るものじゃないですよ」
「だからかくれんぼだって言ったろ」
二人で隠れるのなら、なにが追ってきているのだろうと考えてふと思いついた。
そうか。さっきお店に入る時にちらりと見えた、スマホを構えた女の子たちはファンの子か。いや、街中にいたらたとえファンじゃなくても撮りたくなるのかもしれないけれど、盗撮なんだよなそもそも。その目を避けるのにここに入ったのか。しかも手慣れた感じだったから、よくこうやって目を躱しているのかもしれない。
……ただちょっと問題なのは、ファンから逃げてもすでにここにファンがいちゃうことなんだけど。
「あの、やっぱり僕外に出て」
「ダメ。人目がなかったら口説くって言っただろ」
とりあえず僕だけだったら見つかったって問題ないしとドアを開けようとしたら、その手を掴まれた。次いで後ろから耳に直接言葉を吹き込まれて、飛び退って鏡に張りつく。
「そ、そういうの、向いてないんで他の人にやってほしいです。僕にはいいですからっ」
「なんで。俺は泉に好きになってほしい。俺なしじゃいられないくらい好きになって、いつも俺だけのことを考えていてほしい。そのためならなんでもする」
最初からそうなんでご心配なく。いつも通りです。
なんてことはもちろん答えられない。直視に耐えられない素晴らしき顔面の迫力に、そっと視線を外してイメージと違いすぎる姿に隠れて驚きを抱く。
スオウって、そんな独占欲を持つ人なのか。物に対する執着なんてほとんどない人だと思っていた。
ともかく早くこの状況から脱しないと、と再度脱出を試みたけれどあかりさんは許してくれなかった。それどころかさりげなくドア側に手をつかれて逃げ道を塞がれる。
こういう壁ドンっぽいシチュエーションの写真もいっぱい見たな。なんて、どこか他人事のように呆けていたら、あかりさんがこつんとおでこをぶつけてきた。
「……キス、したいんだけど」
「だ、ダメです」
「ダメ? 本当に?」
唇が触れるほどの距離で許可を求められて、声を上擦らせながら返す。キスされたらどうなるか、自分の反応は記憶に新しい。
だから硬く唇を結んでノーを訴えたけど、あかりさんは引かなかった。鏡を背にした僕を腕の中に閉じ込めて、鼻先が触れ合う距離で「キスするから」と言い切って。
「本当に嫌なら避けてくれ」
「ん……」
絶対無理なことを囁いた唇が驚くほど優しく触れる。
僕の口を緩ませるようにゆっくりと舌先で触れ、それから上唇を軽く食んでやわやわと刺激してくる。それから音を立てないように唇を合わせ、角度を変えてじりじりとした熱を伝えてきた。
「んっ、も、う」
その刺激に負けて薄く唇を開いてしまえば僕の負け。あっという間にちゃちな防壁は崩れ落ちて、あかりさんの肉厚な舌の侵入を許してしまう。そうなればもうされるがまま。
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