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キスする更衣室 2

「ん、ふ……んっ」  声を出してはまずいと思うけど、どうしても気持ち良すぎて息が洩れてしまう。我ながら本当にちょろい。  いやたぶんあかりさんが特別キスが上手いんだと思う。そうじゃなきゃここまですぐにとろけないはずだ。……そうだと思いたい。  初めて感じる熱に翻弄されている間に、背中に回っていたあかりさんの腕がゆっくりと下がる。その手が腰に回されたところでぞくぞくと体を痺れさせる電撃が走った。それをきっかけに、押し返すようにしてあかりさんの体を離す。 「それ以上は、ほんとにだめ、です」  熱を逃すために大きく息を吐き、唇に力を込めてあかりさんを見る。伸ばした両手はストップの位置で動かさない。 「気持ち良すぎて腰が抜けてしまうので」 「ふっ」  正直に告げる僕に噴き出すように笑ったあかりさんの声で、今この空間にあった妙な雰囲気が消える。ただの明るい試着室だ。 「可愛いな、君は本当に」 「あと、試着室はこういうことするところじゃないです」  そもそもは仮称ファンの子たちから逃げるために入ったんじゃないのか。  両手を伸ばしたままの僕の焦りがちゃんと伝わってくれたのか、あかりさんは降参と両手を上げた。 「確かにこれ以上は俺もダメだ。強引にして悪かった。あまりに可愛いことばかり言われて魔が差した」 「分別はわきまえていると先ほどお聞きしましたが」 「だから人前でしてないだろ?」  しれっと悪びれない顔で言われて、一瞬の間の後こちらも降参のお手上げ。確かにカーテンではなくドアな分、普通の試着室よりも密室だ。  とはいえもちろんここは服を試す場所で、するのはそれだけ。 「これ、どっちがいいと思う?」 「どっちも似合います」  そしてあの速さで取ったわりにちゃんと選んでいたのか、あかりさんはいつの間にか両手にシャツをぶら下げて難しすぎる問いを投げてきた。  明かりを強くしているからか、スポットライトに当たる推しは最高にかっこよく、どう見たってどっちも似合う顔をしている。  考えるまでもない素早さで答えたのをどう思ったのか、あかりさんは少し考えてまずは右手の方から試着することにしたらしい。 「着替えるなら本当に外に行きますので」 「さすがにここではキス以上しないけど?」 「出ます!」  そのまま脱ぎそうな様子に今度こそ試着室を飛び出る。さすがに今度は止めが入らなかった。ただドアを閉める手を取られて、足を止められる。 「泉になにかプレゼントしたいんだけど、好きな服選んでと言っても……ダメそうだな」  僕が首を振り続けるのを見てさすがにその提案は諦めてくれたらしいあかりさん。  僕なんてなに着ても同じだし、こんな明らかに高そうなお店で怖いこと言わないでほしい。そもそもプレゼントをもらうようなことなんてしていない。  さっきもコーヒー代を気にしていたけれど、僕は推しに課金できたことが嬉しいからWin-Winでしかないんだ。そもそもコーヒー一杯分で何年分の推しを摂取したかわからない。いい加減過剰すぎて鼻血が出そう。 「気にせず試着してください」 「……じゃあ改めて泉にお願いしたい。泉の見立てで、俺に合いそうな服を持ってきてくれないか?」 「僕の?」 「イメージが全然違うとありがたいかな。次のデートに着たいから、君の隣に並びやすいのがいい」  なんとも風変わりな注文だけど、なんとなく言いたいことはわかった。たぶん変装用の服を選ぼうとしているんだ。  最初の時も今回も顔を隠す格好をしていたし、ここへの避難の慣れ方からしてファンの子に追われるのは日常茶飯事なのだろう。それほどの人気なのはファンとしては嬉しい半面、やっぱり本人的には動きづらいのだろう。だから僕といる時に目立たないように、普段とは違うファッションを求めている、はず。勝手な推測だけど。  それならメグスクのスオウの特徴を隠すような、普段とイメージの違う服を選ばねば。  もちろん違うだけじゃなく、似合うのが大前提だけど。……まあスオウならなに着ても似合うだろうことはわかっている。なんなら学生服だってまだ着こなせるはずだ。  そういえば少し前に企画で学生風の衣装着てたな。と、スオウ本人であるあかりさんの服を選ぶというおかしな状況から現実逃避しつつ店内を見て回る。  服についてはまったく知識がないけれど、どうせここにはオシャレなものしかないし、スオウはなに着ても似合うし。雰囲気を変えればいいだけだ。困ったら店員さんに聞けばいい。  なによりあかりさんは僕の推しのスオウとは中身が違うから、あの人に似合う服をと考えれば自然とイメージが違ってくるだろう。  そうだな。モモみたいな可愛い系はさすがに極端だから、キキョウ寄りの優しさとか柔らかさをイメージして選ぼう。そうなったらやっぱり白がメインかな。しかもはっきりした白ではなくオフホワイトとかアイボリーとか、いっそベージュとか。  どうせ似合わないわけがないし、最終的には本人のチョイスに任せれば間違いないだろうとあまり深く考えずに選ぶことにした。もちろん真剣勝負だから本気も本気だけど。

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