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キスする更衣室 3
結局、あかりさんは僕の選んだ服をそのまま買うことにしたらしい。嬉しいは嬉しいんだけど、ためらいがなさ過ぎて本当に大丈夫だったのかと心配になる。ファッションに疎い僕としては不安しかないけど、あかりさんがいいと言うなら良しと思うことにしよう。というか良しとした。
そんなわけでお買い物を終えたあかりさんがお会計をしている間、僕は外に出て勝手に周りの監視をすることにした。さすがにもうファンらしき女の子たちはいなくて、今のうちならあかりさんも見つからずに帰れそうだ。まあ、この後も仕事だろうけど。
「ありがとう、助かった」
「いえ、服選び楽しかったです」
自分の服を選ぶのは苦手だけど、なにを着ても似合うあかりさんだからこそ選び甲斐があって楽しかった。だからこそ、普段とはだいぶイメージの違う服が選べたと思う。
密やかな満足感を得てやり終えた気になっていた僕は、目の前に紙袋を差し出されて目を丸める。
服が入っているものだろうショップの袋よりも少し小さく、しっかり封がしてあるため中は見えない。
「これ、帰ったら開けて」
「なんですか?」
「コーヒーのお礼、かな」
いつの間に買ったのか。いや、正しくはいつの間に見ていたのか、か。
あまり受け取るのを渋るのもマナー的にどうかと思うし、今度ばかりはありがとうございますと素直に受け取った。
そんな予想外のお土産を手に、僕はひたすらにとんでもない朝を終えたのだった。
濃厚な午前を過ごし、午後からの講義のためにやってきた大学で柳くんとばったり出会った。
「デート帰りで学校とは優雅なご出勤で」
「柳くん、僕はもう死ぬかもしれない」
「え、なに、全然優雅じゃなかったごめん」
わざと作った嫌味っぽい口調でからかわれたから真面目に返したら謝られた。柳くんいい人。
でも実際問題、これでもう僕は終わりなんじゃないかと思うくらいとんでもない朝を過ごした。
蘇芳燈とデート。僕の人生になにがしかのバグが起こったとしか思えない。
とにかく早く家に帰ってメグスクのライブ映像を見て現実に戻りたい気持ちでいっぱいだ。
「ええーっと、あ、その手に持ってるのってもしかして例の『運命』の人からのプレゼントとか? って、聞いちゃいけないんだっけこの話」
「もらった」
混乱がひどかった昨日はまったく整理できなかったから避けようと思った話なんだけど。ここでまで突き抜けて意味がわからないと、逆に単純な事実を説明できる機会はすっと喋りたい。
だってアプリでマッチングした相手がスオウで今デートしてきた。なんて言ったら妄想もそこまで来たか、ガチ恋乙と呆れられることだろう。まあ柳くんはそんな言い方しないけど、一応そこの部分はすっ飛ばす。
「あ、本当に? なにもらったの?」
「わかんない。なんだろ」
「開けてみたら。ていうか単純に見たい」
昨日の混乱っぷりのせいで興味を持ったらしい柳くんに急かされ、袋を開けてみることにした。もらったもののお礼は早めにするべきだろうという言い訳付きで。
「なんだろう」
とりあえず近くのベンチに腰掛け、そっとテープを剥がして包んでいる白い薄葉紙から中身を取り出す。
「わぁ……」
入っていたのは、まさかの首輪だった。いや、この感じはチョーカーか。
オメガが普段使う保護用のものとは違って、オシャレのためのものだけど、少しごついからしっかり首を守ってくれそうな作り。けれど近づいて見ると驚くほど細かな模様や細工がされていて、有名なブランドのマークまで入っている。
プレゼントの値段を気にするのはマナーが悪いかもしれないけど、どう見たって明らかに高い。
たぶんさっきのお店で買ったんだろうけど……本当に、いつの間に見ていたんだろうか。
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