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水が繋ぐ 1

 あかりさんに、「迎えに行くから」と予告されたデートの日。  正直なところ、その日の勉強はまったく頭に入ってこなかった。  ノートは必死に取ったから、後で復習するしかない。ただでさえヒートの時は休まざるを得なくて勉強が遅れがちになるというのに、普段から気を抜いていてどうする。と、理性は言うけれど。  そんなの無理に決まってるだろ、とファンの僕はつっこみたい。  なにがどうなってこうなったのか未だにまったくわからないけど、とにかくデートするのだそうだ。あかりさんと呼ぶスオウと。  流されるままにここまで来てしまったけれど、いい加減真面目に考えないとダメだろう。  だって僕は番希望と書いて、あかりさんはそれを見てマッチングしたんだ。つまりあかりさんにもそのつもりがあるということ。少なくともその考えがないわけではないというのは大事なことだ。   なんであかりさんが僕を選んで、あれだけ優しいのかと悩んでいたけれど、もしかしなくても僕を含めた番希望者なら誰でも良かったんじゃないかと思えてきた。  人気アイドルであるスオウことあかりさんが番を作りたい理由。  その理由はちょっと考えればすぐに思い当たる。僕がヒートを抑えたかったのと同じ、ラットを抑えるためだろう。  オメガにヒートがあるように、アルファにはラットがある。オメガのフェロモンにあてられて、興奮状態に陥って制御が利かなくなる状態。それがラットだ。  タチが悪いことにラットに対してはヒートと違って抑制剤がない上、オメガのフェロモンに影響されて強制的にその状態になってしまうこと。そしてそれがステージで活躍するアイドルにとってどれだけ危ないことなのかはベータでも知っている話。  なんなら昔、どこだかのステージでアルファのアーティストを狙って、ヒート中のオメガがワンチャンを狙って飛び込んだことがあるらしい。  そういう時の危険性を減らすために番を作るという手段は確かに有効的ではある。番になればお互いのフェロモンにしか反応しなくなるから。  しかもうなじに歯型と言う跡が残るオメガと違って、アルファは見た目に違いが出てこない。だからこっそり番を持つことも可能ということだ。  そう考えれば納得ができた。マッチングアプリを使ったことも、僕なんかに優しくしてくれるのも。  ただ問題なのが、あかりさんが気に入ってくれるところは大体ファンだからこそ当たり前に知っていることで、特別気が合う証拠じゃないところ。  すごく騙しているような気分になるし、実際嘘はついているわけだし。罪悪感でいっぱいだ。  やっぱり正直に言った方がいいんだろうか。そういうわけですからもっとちゃんとした他の相手を探してくださいと。そもそも僕はテレビの向こうの人として見たいわけだし……。 「待ったか?」 「あ、いや全然待ってません。こんばんは!」  大学の最寄り駅から少し離れた待ち合わせ場所。  車を停めたあかりさんに声をかけられ、反射的に頭を下げる。そして顔を上げた瞬間、この間と違うことに気づいた。  ヘアセットされてる……! そうか、撮影後か。  いやもちろんファンだからと言って、決まった仕事以外のスケジュールを全部知っているわけではない。けれど、昨日ちょうど見つけた雑誌の編集さんの呟きで、今日の仕事が雑誌の取材だと言うことはわかっていた。  なぜなら「明日の撮影のセットをチラ見せ」という言葉とともに投稿されたソファーの写真。そこにメンバーカラーのクッションが映っていて、それが明らかにメグスクのカラーだったから。  たぶんその撮影の後にそのまま来たからいつもより綺麗にセットされているんだろう。だからか服はこの間僕が選んだものなのに、いつもよりスオウみが強い。 「あの、お邪魔します」 「どうぞ」  ともあれ長いこと停まっていると目立ってしまうからと早々に助手席に乗り込んだ。助手席だ。  当然隣には運転席に乗るスオウっぽさが強いあかりさんが見える。  何度かこういうシチュエーションの映像を見たことがあるから、ある意味見慣れてはいるけれど緊張しないわけがない。むしろ緊張しかしない。  隠れて深呼吸をして、シートベルトをつけるのと一緒に自分の首元もチェックした。  今日もタートルネックでしっかりと首元は隠している。なんせ首輪は一番わかりやすいオメガの印だから。  普通に男二人でいれば、良く言えば友達に見えるだろうし、マネージャーとかと勘違いしてもらえるかもしれない。だけどオメガが隣にいるとなると邪推されるかもしれない。少なくともネタにはなってしまうだろう。だからあかりさんといる時は極力オメガだとバレないように気を付けなくてはならないと思っている。  特に今日みたいに二人きりで出かける時なんかは。 「今日って、どこに行くんですか」 「俺の秘密基地、かな」 「秘密基地?」 「他の奴は連れてかないとこ」  短くぼやかして、あかりさんは車を走らせる。  こうやって隣にいると、なんでだろう、いいのかな、いいわけなくないか、ととりとめない思いがぐるぐると頭の中を巡る。  俺なんかがスオウのプライベートに入り込んでいいのか?  そもそもあかりさんはアルファだ。それなのに怖くないのは、スオウとして好きだから?  でもスオウと恋愛したいだなんて思ったことはないし、今だって番になるぞ! という気合もない。ただただ流されているような感覚が申し訳ないほど。  でも、どうせ番になるのならあかりさんにはちゃんとした他の相手を選んでほしいなぁという気持ちが強い。あかりさんならすぐに他の相手が見つかると思うんだけど、立場上難しいんだろうか。

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