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水が繋ぐ 2
悩みながらの車が辿り着いた先はまさかの水族館だった。
慣れた様子でチケットを買って入るあかりさん。僕が隣に来るまで待って、それから暗い館内へと足を進める。
久々に訪れた水族館は目を引く派手な魚はいないけど、だからこそどこか懐かしい感じがした。
しかも時間が時間だけに家族連れがたくさんいる感じではなく、ごく少数のカップルがいちゃつく目的でいるようだ。それだって本当に少ない。そもそも人自体が少ない。各エリアに一組いるかどうかという感じで、勝手ながらに心配する人入りだ。平日の夕方ってこんなものなのだろうか。
「立地も悪いし展示が地味だからとあんまり人がいないところが気に入っている」
「それって水族館的にはダメなんじゃあ……」
「でもいいところだし俺にはベストスポット」
あんまり大丈夫そうではなかった。あかりさんの言い方じゃこの風景が日常らしい。
本当に何度も足を運んでいるらしく、軽い説明までしてくれながらあかりさんとともに巡る水族館は、すごく幻想的で別世界のようだった。
展示が地味だというけれど、やっぱり水族館というだけでテンションは上がる。
その中の、クラゲのエリアがあかりさんの秘密基地だった。
壁が湾曲した円柱の中のような作りをした部屋は、ところどころに丸いが開いていてそこから色んな種類のクラゲが見える。
大きなクラゲ、小さなクラゲ。白いの赤いの縞模様なもの、様々な種類がゆらりゆらりと優雅に浮かんでいる。
その部屋の中心部分は、各水槽の光が届きづらくて部屋の中で一番暗い。そこに置かれた丸いベンチに座り、ぼーっと過ごすのがあかりさんの好きな時間なんだそうだ。
確かに歩く人はみんな水槽を見ているから、こちらを見る人はいない。
普段見られる仕事をしているあかりさんだからこそ、見られない時間が癒しとなるのかもしれない。
「……確かに秘密基地ですね」
「だろ?」
人がいなくて響いてしまうから、自然と声が小さくなる。その感じが、本当に秘密基地っぽくていい。
青い光の中、ふわふわと漂うクラゲ。
この感じがなにかに似ているなと思って気がついた。これ、メグスクのライブに行った時の客席の感じと似てる。海の中をたゆたっているような不思議で心地よい空間。もしかしたらステージから見た景色もこんな感じなのかもしれない。
「いいですね、ここ」
「他の誰にも秘密だからな。泉だけ特別」
「僕だけ?」
隣に座り肩を寄せているあかりさんは、どうして僕にこんなに優しくしてくれるんだろう。
我ながらそんな風に思ってもらえる理由がわからない。本当に、全然。
スオウとしてはずっと見てきたし憧れではあるけれど、あかりさんとはまだ会ったばかりでわからないことだらけ。
「なんで、って顔してるな」
思いきり考えが顔に出ていたらしく、あかりさんが笑って軽く肩をぶつけてきた。
「そんなに、悩ませるようなことしてるつもりはないんだけどな。俺は、俺のことを知ってもらって泉にちゃんと好きになってもらいたい。できれば俺なしじゃいられないくらい好きになってほしい、ってだけ」
だけと言うにはなかなか究極の望みを口にするあかりさんは、より近づくように僕の耳に唇を寄せて。
「それで、ちゃんと番になりたい」
「!」
そんなことを僕にだけ聞こえる声で囁いた。
確かにそれは僕が言い出したことだけど、この人にその声で言われるととんでもないセリフとして響く。いや、実際とんでもないことを言われている。
思わずのけぞるようにしてその顔を凝視すると、今度は柔らかく微笑まれた。
「俺は本当に運命だと思ってるよ。泉にこうやって会えて本当に良かったと思ってる」
「あかりさんってロマンチストですか?」
「……どうかな。割と現実主義じゃないか」
運命、なんて言葉を普段から使うのはロマンチストか詐欺師の二択でしかない気がする。いっそなにかの詐欺師であってくれた方がどれだけわかりやすいことか。
確かに、僕から見たら運命なのかもしれない。
推しのために番を作ろうとしたら推しとマッチングしたというどこかずれた運命だけど。
でもあかりさんにとって僕との運命なんてどれほどの意味があるのか。
「お」
その時、館内放送でお姉さんがこれからイルカショーがあると告げた。そのテンション高めの明るくはしゃいだ声が、秘密基地を水族館の中へと引き戻してくれた。
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